経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 社会

高齢者が家を借りられないという問題にどう対処すべきか

 政府が事実上の生涯労働制に舵を切りました。年金の減額が必至であることから、全国民に就労の機会を確保するという考え方ですが、この政策を進めるのであれば、諸外国と比較して貧弱である住宅政策の強化が必要でしょう。

日本では高齢者が賃貸住宅から締め出されている

 政府は2019年5月15日に開催された未来投資会議で、70歳までの雇用に努力義務を課す方針を明らかにしました。一連の措置はあくまで努力義務ですが、いずれ義務化される可能性は高く、これは事実上の生涯労働制へのシフトと考えてよいでしょう。

 つまり多くの人が一生涯働くことになりますが、そうなると高齢者の転居も確実に増加することになります。自分が住んでいる場所の近くに、適切な職場があるとは限らないからです。しかし、現時点において高齢者が賃貸住宅を借りるのは容易なことではありません。

 日本では賃貸住宅は若い人が入居するという前提になっており、貸主(大家)は高齢者の入居を想定していませんでした。高齢者は、家賃の滞納や孤独死、痴呆など貸主にとってリスクが大きく、敬遠されやすいというのが現実です。

 高齢者を排除する日本の商習慣に対しては批判の声が大きいですが、貸主だけをただ批判しても問題は解決しません。貸主には貸主の事情があるからです。

 日本の借地借家法は借主に圧倒的に有利な内容となっており、ひとたび入居させてしまうと貸主側の都合で退去を要請するのが難しいという事情があります。
 2000年の法改正によって定期借家権(定借)が導入され、一定の期間に達した段階で自動的に賃貸が終了する契約を結べるようになりましたが、この契約は借主が嫌がるケースが多く、一部の高級物件を除いてほとんど普及していません。

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高齢者が入居できる合理的な仕組みが必要

 これに加えて日本の場合、入居者の側にも特殊な傾向があります。入居者が室内で死亡した部屋は俗に「事故物件」と言われますが、日本で家を借りる人は異様なまでにこうした物件を忌み嫌います(お墓が窓から見える、葬儀場が近いというだけで過剰反応する借主も多いのが現実です)。つまり、高齢者が入居できないというのは、制度の問題というよりも、日本社会そのものに起因する問題なのです。

 しかしながら、これからの時代はそのようなことを言っていられる状況ではありません。

 全員が一生涯、労働することになれば、在宅で労働できる一部の人を除いて、職場に近い場所に住む必要がありますから、高齢者の転居は必須となります。安価で良質な賃貸住宅を提供し、高齢者でも入居できる仕組みが絶対に必要となるでしょう。

 高齢者を入居させるとリスクが高くなるのは事実なので、貸主が高齢者への賃貸に対して経済的な合理性が生じるよう、ある程度、家賃が高くなることは社会として許容する必要があります。また、経済的に余裕がない高齢者が増える可能性が高いので、場合によっては自治体などによる家賃補助といった施策も必要となるでしょう。

 痴呆についても一定の条件を満たした場合には、強制退去を要請できる仕組みや、こうした場合の費用を負担する保険制度も必要となります。多くの貸主は反対するかもしれませんが、前払い金などを納付すれば、原則として属性で入居を断れないようにする制度についても検討の余地があると筆者は考えます。

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