前回は容積率の大幅な緩和によって、景観を考慮に入れないビルが増加し、日本の都市景観が激変している現状について解説しました。今回は、都市景観を維持することは、実は経済的にもメリットが大きいことについて説明したいと思います。
新興国は文化的価値が高いモノにはいくらでもお金を出す
古いビルのままでは経済的に競争力を持たないというのは、これはあくまでハード面に限った話です。現代社会ではソフト面のパワーを無視することはできませんし、先進国は、むしろソフト面の付加価値を高めていくことの方が経済的メリットが大きくなります。
確かに新しくビルを建設すれば、目先の建設需要を生み出すことはできますが、長期的には、潜在的なテナント需要以上の経済的効果は得られません。それどころか、経済全体で考えた場合、まだ使える建物を早期に壊してしまった分、減価償却(マクロ経済では固定資本減耗)が増え、結局は、労働者の所得を引き下げる可能性があります。
しかし景観維持に貢献する古いビルをあえて残しておくことで、テナント需要以上の経済的効果を生み出すことが可能となります。
ニューヨークの名門ホテル「ウォルドルフ・アストリア・ニューヨーク」は、2014年にヒルトン・グループから中国企業に売却されました。同ホテルは、まさに米国を代表するホテルのひとつでしたが、最新のホテルと比較すると客室が狭く、老朽化している印象は否めませんでした。
しかしヒルトンは新しく建て替えるということはせず、19億5000万ドル(当時のレートで約2300億円)というとてつもない価格で、しかも長期の業務運営委託契約付きで中国企業に売却するという選択を行いました。高い収益を上げつつ、文化財的な価値も維持するという、売り手にとって圧倒的に有利なスキームです。
先進国だけが持つ特権を使わない手はない
ロンドンではテムズ川のほとりに廃墟として放置されていた発電所をリニューアルし、大規模なオフィスやレジデンスとして再利用するプロジェクトが進められています(写真)。
発電所として稼働していた当時の状況が随所に残されており、ボイラー室だった場所には米アップルが英国本社を構える予定です。建物の保全との折り合いで開発は難航しましたが、マレーシアの投資家の資金を得たことで、プロジェクトは実現することになりました。
これらの事例は、経済的に豊かになった新興国というのは、文化的価値が高ければ、いくらでもお金を出す可能性があるということを如実に表わしています。実際、日本も80年代には、ニュヨークの象徴だったロックフェラーセンターをそれこそ法外な値段を出して買い取り、その後、バブル崩壊によって手放してしまいました。
先進国は、知恵を絞れば、こうした「オイシイ」ビジネスをすることが可能であり、文化財の保存と経済的利益の両方を追求できるのです。これこそが先進国が持つ最大の特権といってよいでしょう。
容積率を一方的に緩和し、景観を壊しながら新しいビルを建設するよりも、はるかに利益の大きいスキームを構築することは日本でも不可能ではありませんし、それを考え出す知恵こそが本来は求められているはずです。
このまま野放図な開発が進んでしまうと、日本の都市景観はアジアの新興国のようになってしまい、買い物以外に魅力のない国になってしまう可能性も否定できないでしょう。今こそ日本人の「底力」が試されているのです。