日本のGDP(国内総生産)に関する日銀のレポートが波紋を呼んでいます。税務データを使って日銀が推計したGDPの数値が内閣府が公表している数値より29兆円も多かったからです。ただ税務データを使った推計が正しいとは一概には言えず、議論は紛糾しているようです。
三面等価の原則から分配と支出は一致するはずだが
よく知られているように、GDPの統計には三面等価の原則があります。GDPは支出面から見たものと、生産面から見たものと、分配面から見たものの3つがあり、これらは同じデータを異なる側面から見たものですから、原則としてすべて一致するはずです。しかし実際には3者は一致せず、差分が生じています。
GDPのデータはすべてが個別に算出されているわけではありません。一般的に生産側や支出側の統計は信頼性が高いとされており、最初に支出側全体の数字を確定し、分配側の数字はそれに合わせる形で修正されます。今回の試算は、税務データを使って分配側の数字を精度よく確定しようというものです。
日銀では総務省がまとめている地方税の納税データや国税庁がまとめている給与所得の統計を用いて、GDPにおける雇用者報酬を推定しました。
結果は2014年におけるGDPの数字が29兆円も大きいというものでした。ただ、営業剰余の金額については年ごとの誤差が大きく、この分を除くと約15兆円の乖離となります。日銀による推定と内閣府の公表値は、1990年代の後半から乖離がひどくなっており、最近では毎年10兆円程度、日銀試算の方が多くなっている状況です。
問題は乖離が生じている原因ですが、日銀は「理由ははっきりしない」としているものの、いくつかの可能性について言及しています。
ひとつは副業の存在です。現行のGDPでは、事業所における1人あたりの給与と雇用者総数のデータを使って報酬総額を求めていますが、副業をしている人の分がうまく取り込めていない可能性があります。また1人あたりの給与の金額をどう算定するのかについても検討の余地がありそうです。
GDP統計のあり方についてはもっと国民的な議論が必要
このレポートを受けて、市場では日本のGDPはもっとよい数字になるとの期待も高まっているようですが、ここは落ち着いた対応が必要です。こうした話に対しては、よい方向に進んで欲しいというバイアスがかかることがあり、冷静な議論を妨げる可能性があります。
日銀は税務データが正しいことを前提に議論を進めていますが、税務統計から得られた給与総額が果たして正しい数字なのかは何ともいえません。
もし日銀が指摘するように国民の所得が30兆円も多いのだとすると、支出面の統計の数字がもっと大きくなっている必要があります。支出面の統計は、企業が生産した製品やサービスのデータや、小売店の販売動向から得られた数字であり、かなりの精度の高いものです。仮に所得のデータが正しいのだとすると、その分の消費はどこに消えてしまったのか検証しなければなりません。
また税務データそのものについての検証も必要でしょう。
給与から源泉徴収する場合には、社会保険やみなしの経費を控除するといった作業が必要となります。源泉徴収票に記載される給与の額が果たして実際の給与の額と一致しているのか、またそれが正しく統計に反映されているのか、さらに検証する必要があるでしょう。
議論の結果、日本のGDPがもっと大きかったということであれば、それはそれで喜ばしいことですが、GDP統計の改定は可能な限り慎重に進めるべきでしょう。GDPは絶対値より変化の方が重要であり、同じルールが続くことの重要性は大きいからです。できるだけ統計の連続性が損なわれないよう工夫する必要があります。
もちろん、現行の統計に不備があればそれは改定していくべきものであり、要するにバランスの問題ということになります。いずれにせよ、今回の日銀の提言をひとつのきっかけとして、国民的な議論を深めていく必要がありそうです。