加谷珪一の超カンタン経済学 第31回
AI(人工知能)によって多くの仕事が奪われるという話は、社会の共通認識となりつつあります。しかし、実際のところAIが社会に普及した場合、経済はどの変わるのかについてはあまり議論されていません。AIは想像以上のペースで社会に普及する可能性がありますから、AIが経済に与える影響について、今のうちから考慮しておく必要があるでしょう。
AIが普及すると、需要と供給のバランスが一気に崩れる
一部の専門家は、AIやロボットが本格的に社会に普及すれば、多くの人が面倒な労働から解放されるとポジティブに解釈しています。要するに働かなくてもメシが食えるようになるという話なのですが、それはどのようなメカニズムなのでしょうか。
当たり前の話ですが、経済は需要と供給で成り立っています。モノやサービスを買う人がいるので、それを提供する人が必要となります。買う側と売る側は基本的に同じ人間なので、ほとんどの人が需要側と供給側を兼ねていると思ってよいでしょう。
どんなに需要があっても、それを満たす商品がなければ消費されませんから、最終的には需要と供給のバランスが取れるところで経済は落ち着くことになります。
もしここにAIが登場した場合、需要と供給の関係はどうなるでしょうか。
前回の「超カンタン経済学」でも解説しましたが、経済学の分野では、ひとつの経済圏における供給(生産力)がどう推移するのかを示した生産関数というツールがよく使われます。生産関数にはいろいろなパターンがありますが、もっとも多く使われているのはコブ・ダグラス型関数と呼ばれるものです。
この式を見ると、生産力は資本(K)、労働(L)、イノベーション(TFP)という3つの要素で決定されることが分かります。αは資本分配率で、(1-α)は労働分配率になります。
式に様々な数値を入れてみるとよく分かりますが、資本と労働は相互に綱引きする関係であり、資本だけを増やしてもダメですし、労働だけを増やしても生産は拡大しません。
富を再分配しないとAIの強みを発揮できない?
ところがAIが普及するとこうした状況に変化が生じてきます。
業務のかなりの部分がAIやロボットに置き換えられると、企業は積極的にAIへの投資を行い、労働者への依存度を減らしていくでしょう。そうなると経済全体おける労働分配率が著しく低下し、逆に資本分配率が増加することになります。
先ほどの生産関数の式において、労働分配率が著しく低下した場合、αは1に近づき(1-α)はゼロに近づくことになります。そうなると資本投入した分がそのまま生産量の増大につながるので、グラフは直線に近い形になります。
つまり、ロボットやAIに追加投資をした分がそのまま生産拡大につながり、企業は半ば無制限に生産量を拡大できるという解釈が成り立つわけです。
しかしながら、いくら生産力が無限になっても、そこで生まれた製品やサービスを使う人がいなければ経済は成長しません。AI経済の世界では、多くの労働者が不要となり、その分だけ労働者の所得が減ってしまいます。AIが生み出す利潤を何らかの形で国民に再分配する機能がないと、せっかく増えた供給を消費する人がいなくなってしまうでしょう。
一部の識者が、AI社会が到来した場合には、ベーシックインカムに代表されるような、富の再分配を実施する必要があると主張しているのはこうした理由からです。
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