加谷珪一の分かりやすい話

経済評論家 加谷珪一が分かりやすく「お金」、「経済」、「ビジネス」などについて解説します

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中村氏がノーベル賞を受賞。発明の対価にまつわる誤解

 

 今年のノーベル物理学賞は青色発光ダイオード(LED)を発明した日本人3名に授与されました(中村修二氏は米国に帰化したので厳密には2名)。いつものノーベル賞ならば、青色発光ダイオードがもたらした恩恵や、受賞者の人柄といった話題がメディアの中心になるのですが、今年は少し様子が違っています。

 青色発光ダイオード自体が少し古い話題だということもありますが、何と言っても、受賞者の一人である中村修二氏が発明の対価をめぐって、かつて所属していた企業に対して巨額の訴訟を起こした人物であることが大きいでしょう。

日本は研究者に対する処遇が悪い?
 中村氏は以前、日亜化学工業という会社に所属していました。中村氏は、青色発光ダイオードの製法を改良し、より明るい製品の量産化にメドを付けました。この技術によって日亜化学工業は大きく躍進することができたわけです。

 中村氏は自身に対して発明の対価が支払われていないとして、日亜社に対して200億円の支払いを求める訴訟を起こしましたが、結局、両者は和解し8億5000万円を日亜社が中村氏に対して支払うことで合意に達しました。

 ただ、中村氏はこの和解案には相当不満だったといわれています。受賞を受けての会見では「すべてのモチベーションは(日本に対する)怒りだった」と述べ、日本における研究環境の劣悪さを激しく批判していましたから、その話は本当なのでしょう。

 現在の特許制度では、企業の従業員が業務を通じて発明した特許については、原始的にその権利は発明者にあると規定されています。企業は相当の対価を支払って、その特許を利用することができるわけですが、相当な対価の妥当性をめぐっては、たびたび訴訟となっています。

 中村氏が主張するように、日本は研究者に対する処遇が悪く、グローバルスタンダードから遅れているという指摘があります。これはある意味では正しい主張であり、日本では、研究者、技術者に限らず、あらゆる分野において、高い業績を上げた人に対する報酬は諸外国よりも低いのが当たり前です。

 これは新卒一括採用、終身雇用という、日本独特の雇用環境が継続していることと大きく関係しており、こうした状況を改善すべきというのはひとつの考え方だと思います。

 ただ、注意しなければならないのは、仮に日本が、中村氏の主張するような米国型競争社会だった場合、中村氏はもっと処遇が悪かった可能性もあるという点です。

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もし日本が米国型競争社会だったら、中村氏は存在していなかった?
 米国は、完全な競争社会であり、特許の帰属についてはすべて個人に帰結します。みんなで開発したという主張は正当性を持ちません。このため、特許を取った個人はその対価を企業に対して強く主張することができます。

 しかし同時に米国は、他の分野でも徹底した競争社会であり、あらゆる権利の前に私的契約が優先されます。つまり、特許をどのように扱うのかは法律ではなく、企業と従業員の交渉と契約にすべて委ねられているわけです。

 革新的な発明を行うことが確実視され、巨額の対価を受け取ることができる凄腕の研究者は確かに一定数存在しているはずです。しかし、現実には、無名で凡庸な研究者の方が圧倒的に多く、そうした研究者は、逆に、特許の実質的権利をすべて放棄するような契約を企業と結ばされてしまいます。

 結果を出した今の中村氏なら、あらゆる企業と高額報酬で契約を交わすことができるでしょう。しかし、中村氏が日亜社の社員だった当時は、中村氏は無名の一技術者でしかありません。もし日本が米国型社会だったら、当時無名の中村氏はすべての権利を日亜社から放棄させられていた可能性が高いのです。

 確かに日本は出る杭が打たれる社会であり、孤高の研究者であった中村氏は、いろいろと嫌な思いをしたのかもしれません。しかし、もし日本が、中村氏が主張するような米国型社会だった場合には、今の中村氏は存在していない可能性が高いということも忘れてはならないでしょう。

 筆者は米国型の自由競争社会は否定しませんし、むしろ日本はこうした競争社会から学ぶべき点が多いとすら思っています。しかし、電球を発明し、世界的巨大企業米GE(ゼネラル・エレクトリック)社の基礎を築いた創業者エジソンは、すべての権利を失い会社から放り出されています。これも、競争社会米国のひとつの側面なのです。

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