ピエール瀧容疑者の自粛騒動をどう考えるか?

加谷珪一の情報リテラシー基礎講座 第36回

 コカインを使用したとして、ミュージシャンで俳優のピエール瀧容疑者が逮捕されたことから、彼の出演作や楽曲の販売を自粛する動きが広がっていますが、一部から過剰反応であるとの声も上がっています。

何を基準に自粛を判断しているのか?

 日本ではこうした犯罪が発生すると、批判を恐れてすぐに自粛する傾向が顕著です。しかし、こうした自粛に明確なルールがあるのかというとそうではありません。

 今回、瀧容疑者は逮捕・送検されただけですので、推定無罪の原則からすると、まだ責任を追及できる状態ではありません。本人は罪を認めているということなので有罪になる可能性は高いと思いますが、刑が確定するまでは推定無罪というのが民主国家の原理原則です。

 罪が確定しないうちはなにも行動しないということであれば、今回の措置は行きすぎということになるわけですが、では逮捕された段階で自粛すべきということになると、今度はその対象をどこまで広げるのかという問題に突き当たります。

 今年2月に俳優の新井浩文容疑者が性犯罪で逮捕されていますが、性犯罪の場合には、直接的な被害者がいるという理由で自粛について同意できる人は多いのではないかと思います。一方、ドラッグの場合には、売人でもない限り、個人的な犯罪ですから、社会に対する責任をどう判断するのか難しくなってきます。

 一部では犯罪者の利益になっているので自粛すべきだという声もあるようですが、そうなると今度は窃盗のような犯罪はどうするのかという問題も出てきます。これに加えて、いつまで自粛を続けるのかという議論も出てくるでしょう。過去に違法薬物で逮捕された芸能人をすべて自粛対象にしてしまえば、テレビに出演できる芸能人が大幅に減ってしまいます。

marubatsu

雰囲気で物事が決まる社会

 音楽についてはさらにやっかいな問題もあります。ドラッグに関連した楽曲は問答無用でダメということになると、ビートルズを聞くことはできなくなってしまうでしょう。J-POPの名曲で学校の教科書にも積極的に取り上げられている楽曲にも該当するものがありますから、学校で教えて良いのかという話にもなりかねません。

 ではビートルズを回収したり、関連楽曲を学校の教科書から削除するのかというと、おそらくそうはならないでしょう。日本の場合、一連の自粛は、何らかの基準に沿って行われるのではなく、たいていはその場の雰囲気や難易度で物事が決定されます。要するにすべてが場当たり的なわけですが、これがよい結果をもたらすことはほとんどありません。

 このコラムを読んでいる方は、情報リテラシーについて関心のある方だと思います。雰囲気で物事が決定される社会に流されていると、最終的には経済的な損失につながってきます。

 今回のような事件が発生した時には、自分だったらどのような基準で行動すべきのか考えて見るとよいでしょう。ちょっとした思考トレーニングをするだけでも、社会の雑音に惑わされる割合は大きく低下するでしょう。

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