経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 投資

公的年金の損失についてどう考えるべきか

 公的年金の運用で過去最大となる15兆円の損失が発生しました。世の中では「累積黒字があるので大丈夫だ」という話が一般的ですが、必ずしもそうとは言い切れない部分があります。
 筆者は公的年金の資金の一部を株式などリスク運用に回すことについて反対する立場ではありませんが、現在の運用体制には課題があると考えています。

年金運用に終わりはない

 公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の2018年10~12月期の収益は14兆8039億円の損失となりました。市場運用を開始した2001年度以来、四半期ベースでは過去最大の損失です。
 GPIFの運用はかつて安全第一ということで国債が中心でしが、安倍政権の強い要請を受けて株式によるリスク投資にシフトしたという経緯があります。

 確かに15兆円の損失と聞くとびっくりしますが、年金積立金の運用額は150兆円を突破していますから、10%減っただけで15兆円の損失が発生します。市場運用開始時点を基準にすれば56兆円以上の黒字なので、それほど大騒ぎするようなレベルではありません。

 今回の件については「累積では黒字なので何の問題もない」という見解が多いようです。確かにその通りなのですが、年金運用の場合、累積で黒字だから大丈夫という話で片付けてしまうのは少々危険です。その理由は年金運用には終わりがないからです。

 投資で利益が出たのか損失が出たのかという話をする時には、運用を開始するタイミングと終了するタイミングを確定させなければ意味がありません。今運用をスタートして来年で運用をやめ、その時点で儲かっていれば収益はプラスとなりますが、その後のことは誰にも分かりません。

 仮にその後も20年間、運用を続けたと仮定しましょう。普通に考えれば経済成長や物価上昇に伴って株価は大きく上昇しているはずですが、21年後に株価の大暴落があり、株価が半分になった場合はどうでしょうか。
 今年を基準にすれば、それでも十分に儲かっていますが、21年後の自分の立場になって考えた場合、21年も前の価格を基準にして儲かっているから問題ないと言い切れるでしょうか。

nenkinunyou

債券の比率を上げた方がよい

 年金積立金というのは、今年も、来年も、5年後も、20年後も、50年後も運用を続けなければなりません。しかも年金運用にはさらにやっかいな問題もあります。年金財政が赤字になっていることから、積立金の運用で得られた収益は、「将来」ではなく「今」必要なのです。

 日本の公的年金は賦課方式といって、現役世代から徴収した保険料で高齢者の年金を賄う仕組みです。現役世代から徴収している保険料では高齢者への支払いには足りず税金から補填をしていますが、それでも赤字です。この赤字分は年金の積立金の収益から補填しなければなりません。

 つまり、年金積立金の運用はこうした経常的な赤字を埋め合わせるためのものですから、この趣旨に沿って考えると、大きくは儲からなくてもよいので、毎年一定額の収益を得られる投資の方がよいという結論になります。
 米国の公的年金の運用は原則として株式投資が禁止されており、基本的に債券のみとなっていますが、その理由は、年金財政が持つこうした特殊事情を考慮したからであり、以前の日本の年金運用も同じ方針でした。

 ところが株式中心の投資ということになると、こうした基本方針とは相容れなくなります。

 将来、バブル崩壊のような事態が発生した場合、十年以上にわたって株価の下落が続く可能性もあることを考えると、株式に依存し過ぎるポートフォリオは見直した方がよいと筆者は考えています。さらに言えば、日本の株式市場は年金積立金を運用するには小さすぎるため、すでに多くの上場企業で公的年金が筆頭株主になっています。

 この状態で公的年金が株を売った場合、日本の株式市場は崩壊してしまうでしょう。現状のままでは、株価の下落時に運用をコントロールできない事態に陥るリスクがあります。
 運用収益を多少犠牲にしても債券の比率を引き上げ、日本株への過度な依存を見直す必要があると筆者は考えています。

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