安倍首相が当初、構造改革を強く掲げた理由

再検証「アベノミクス」第2回

 アベノミクスがスタートした直後、日本株はめざましい上昇となりましたが、その理由は、外国人投資家が積極的に日本株を買ったからです。
 しかし、外国人投資家の多くは、構造改革が思ったほど進まなかったことから、利益が出ているうちに株式を売却し、日本市場から撤退してしまいました。

日本は過去20年間ですっかり貧しくなった

 構造改革に対しては賛否両論があり、国内の意見はまとまっていません。特に労働市場改革など各種の規制緩和策に対しては一部から激しい反発があります。それにもかかわらず、安倍首相は当初、構造改革を成長戦略の中核として位置付け、諸外国に向けて構造改革を強力に進めていくと宣言していました。

 安倍首相は、なぜ国民からの反発が強い政策を、成長戦略の中核に据えていたのでしょうか?

 その理由は、バブル崩壊後の日本経済が辿った道筋と大きく関係しています。そして、一連の経緯は、今後の日本経済を考える上で重要な情報を提供してくれます。

 日本経済はバブル崩壊以後、20年にわたってほぼゼロ成長の時代が続いてきました。世界全体もゼロ成長であれば、それほど大きな問題ではないのですが、状況はまったく逆でした。日本がもたもたしている間に、諸外国はめざましい経済成長を実現。過去20年で各国のGDP(国内総生産)は1.5倍から2倍に拡大しました。

 国の豊かさは相対的な経済力の大きさで決まります。特に日本は貿易で国を成り立たせていますから、相対的な経済規模が小さくなることは、日本人の購買力低下に直結します。つまり日本は過去20年ですっかり貧しくなってしまったのです。

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大型の財政出動が模索されたが・・・

 もちろんこの間、日本は何もしなかったわけではありません。当初は景気浮揚を図るため、積極的な財政政策が模索されました。10兆円規模の公共事業が何度も実施されたのですが、ほとんど効果はなく、残ったのは膨大な政府債務の山でした。

 特に財政出動に積極的だった小渕政権の成立以後、国債の発行額が急増し、250兆円程度だった政務債務の残高は20年弱で800兆円を越える水準まで拡大しています。

 こうした状況を受けて登場したのが、小泉政権が掲げた構造改革路線です。
 
 大規模な財政出動を何度実施しても効果がないということは、日本経済が低迷する真の原因は構造的な要因であるとの指摘が相次ぎました。根本的な部分を変えなければ、日本経済は復活しないという考え方です。

 しかし構造改革には相当の痛みが伴います。一部の国民はこれに猛反発し、構造改革は途中でストップしてしまいました。その後、日本経済は第二次安倍政権が発足するまでダラダラと現状維持を続けてきたというのが実態です。

 つまり、アベノミクスの基本的な認識として、財政出動には限界があり、本格的な経済成長を実現するには構造改革が必須という考え方が存在していたわけです。外国人投資家はまさにこの部分に反応したのです。

 しかし、現在のアベノミクスでは、構造改革に関する項目はほとんど消滅し、代わりに大型の財政出動が再び模索される状況となっています。
 しかし、日本経済は、過去20年間、財政出動にほとんど効果がなかった状態から大きく変化したわけではありません。ここをどう解釈するのかが、今後の焦点となってくるでしょう。