人は聞きたい話しか聞こうとしない

加谷珪一の情報リテラシー基礎講座 第20回

 前回は、アップル創業者であるスティーブ・ジョブズ氏を例に、人は極めて大きな業績を残した人に対して、人格的にも立派であって欲しいという願望を持つ傾向があるということについて解説しました。日本にこの話をあてはめた場合、もっとも象徴的なのはホンダ創業者の本田宗一郎氏でしょう。

今なら完全にブラック経営者

 本田氏は頑固一徹で、日本のモノ作りに貢献したというイメージが強いと思います。この話はウソではないのですが、本田氏の人柄については、イメージが一人歩きしているといった方がよいかもしれません。

 同氏を尊敬していると公言する人は少なくありませんが、たいていが、技術一辺倒の、真面目で地味な人間と解釈しています。しかし、実際の本田氏はまるで異なります。

 氏は若くして独立して自動車修理の会社を立ち上げたのですが、事業は順調に拡大し、すぐに社員50人のちょっとした企業となりました。青年実業家として地元浜松では有名な存在となり、たびたび地元紙の3面を飾っています。

 当時としては超高級品であった自家用車を2台も乗り回し、多くの芸者さんを呼んでスケールの大きい宴会をたびたび催していました。酔っ払い運転で天竜川にクルマごと落ちたり、税金をめぐって税務署とケンカし、腹いせに税務署にホ-スで水をぶっかけるなど、数々の武勇伝が残っています。今でいうところのヤンチャ自慢のカリスマ青年実業家といったところでしょう。

 それだけではありません。本田氏は気に入らない芸者さんを二階から放り投げたり、いい加減な仕事をした社員をスパナで殴るなど、下手をすると刑務所行きという行為もしょっちゅうでした。今の時代なら、完全にブラック経営者でしょう。

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本田宗一郎氏は天才であり、凡人である我々には参考にならない

 もちろん時代の違いということについては割り引いて考える必要がありますが、当時もそのようなことが、すべて許されていたわけではありません。その意味ではやはり本田氏は特異な人物であり、良い面や悪い面も含めて天才であったことが分かります。

 ごく普通のビジネスマンが目標とするようなレベルの人材ではないのです。

 人柄ではなく、ビジネスについても同様です。終戦後、しばらくの間、本田氏は尺八を吹いたり、アルコールを大量に買い込んでは自家製密造酒を造って近所に大量に配るなど遊んで暮らしていました。
 しかし、ある時、軍が使っていた小型エンジンを自転車に付けるというアイデアを思いつき、試しに製品を作ったところこれが大評判となりました。これが現在のホンダのきっかけとなりました。

 つまり本田氏は天才であり、とてもわたしたちが参考にできるような人ではないことがお分かりいただけると思います。

 しかしながら、本田氏について語られる時、こうした話を聞くことは希です。本田氏を尊敬しているという、真面目なビジネスマンほど、こうした話をあえて無視するか、見て見ぬフリをしてしまいます。しかし、それでは本田宗一郎氏の本当のすごさを理解することはできませんし、もちろん、そこから何らかの成功法則を見いだすことも不可能です。

 人は見たい話や聞きたい話だけを無意識に選択する傾向が顕著です。情報リテラシーについて真剣に考える人は、このことについて、常に意識を張り巡らしておく必要があるでしょう。

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