コンビニの神様と呼ばれた鈴木敏文氏ってどんな人?

コンビニ経済学 第12回

 前回までの連載では、日本では大型店舗の出店を規制する大店法が成立し、米国型の大量安値販売ができなかったという経緯について解説してきました。ダイエーやイオンといった企業は、安く消費者に商品を届けるという理念を追求し、大型店を維持する方向で経営を進めていきました(結果としてダイエーは消滅してしまいます)。
 一方、当初の理想は諦め、逆に消費者に高く商品を売るというやり方に舵を切ったのがセブン&アイ・ホールディングスでした。そして、日本独特のコンビニ・ビジネスをゼロから開拓し、同社の業績を飛躍的に拡大させたのが、同社元会長の鈴木敏文氏です。

コンビニへの進出に周囲は猛反対

 鈴木氏は中央大学経済学部を卒業後、出版取次である現在のトーハンに入社しました。もともとはジャーナリスト志望でしたが、新聞社への入社がかなわず、偶然入ることになったのがトーハンでした。ところが、トーハンの社員だった時代に思わぬ出会いが起こります。

 現在のセブン&アイ・ホールディングスの前身企業である、イトーヨーカー堂の幹部を紹介され、結局、鈴木氏はヨーカ堂に転職することになったのです。

 その後、ヨーカ堂は、米国のコンビニ企業であるサウスランド社と提携し、セブンイレブンを日本国内で展開することになったのですが、このプロジェクトの中心になったのが鈴木氏でした。

 鈴木氏は、大型店舗で安値販売を目指す「流通革命」について、少し冷めた目で見ており、日本ではうまくいかないのではないかと考えていました。米国におけるコンビニというのは、ガソリンスタンドに併設してあったり、あまり治安のよくない場所に出店していたりと、小売店の主役というイメージはありません。

 あくまで大型店舗による安値販売が小売りビジネスの王道という価値観でしたから、コンビニ事業への進出については、周囲が猛反対したそうです。しかしながら、結果的には鈴木氏の読みが当たり、コンビニはセブン&アイ・ホールディングスの主力事業に成長したのです。

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鈴木氏は一種の天才だったが・・

 鈴木氏は、人とは違ったモノの見方をする人だったようで、鈴木氏の振る舞いや経営手法には常に賛否両論がありました。

 鈴木氏は徹底的に演繹的で、未来はこうなるというシナリオをベースに、やるべき施策を次々と打ち出していきました。社員は鈴木氏が何を考えているのか分からず、オロオロすることが多かったそうです。

 これに加えて鈴木氏は、会話や説明を好む人ではなく、社内で周囲が挨拶をしても一切無視するなど、少々変わった性格でもありました。前年のデータは意味がないといってデータを破棄してしまうなど、ショック療法的な行動も多かったそうですが、鈴木氏の読みはピタリと当たり、業績はみるみる拡大していきました。

 しかし、セブンが巨大企業になるにつれて、鈴木氏のような一種の天才タイプの経営者では、全体をうまく統括できなくなってしまいました。最終的には、鈴木氏に対する反発の声が大きくなり、こうした事態を受けて同社創業家である伊藤家が鈴木氏に退任を要請。鈴木氏は経営の第一線から退くことになりました。

 現在のコンビニビジネスの基礎はほとんど鈴木氏が作ったといっても過言ではありませんから、鈴木氏はまさにコンビニの生みの親といってよいでしょう。

 コンビニは日本人の生活を一変させましたが、一方では、消費者が高い買い物を強いられる、一部のフランチャイズ加盟店が厳しい労働環境に追いやられるといった、コンビニならではの問題も引き起こしました。

 鈴木氏が希に見る天才経営者であったことは間違いありませんが、一方で、毀誉褒貶が激しい経営者であるということもうなずけます。

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