政府は最低賃金を1000円まで引き上げるという目標を掲げていますが、産業界からは否定的な声が聞こえてきます。1000円の時給も払えない企業は市場から退出すべきという意見もありますが、この問題についてはどう考えればよいのでしょうか。
地方では時給1000円はかなり高い?
最低賃金の金額は地域によって違いがあり、もっとも高い東京は985円、もっとも安い鹿児島は761円となっています。首都圏では、時給1000円でアルバイトを集めることはもはや不可能という水準まで賃金は高騰していますから、東京においては最低賃金1000円に実質的な意味はありません。
しかしながら地方に行くと状況は大きく変わります。
最低賃金ギリギリの求人が標準的な地域も少なくないですし、正社員であっても年収が200万円台というケースもあり、賃金の実勢値はかなり低いというのが現実です。
政府は、全国平均で874円となっている最低賃金を1000円まで引き上げる目標を掲げていますが、中小企業などで構成する日本商工会議所の三村会頭は、地方の中小企業に重大な影響が及ぶとして否定的な見解を示しました。三村氏の発言には批判が集まりましたが、地方の企業経営者からすると、1000円の時給はかなり高いという感覚なのだと思います。
日本では、政策として賃上げを行うべきという声が大きいですし、安倍政権も賃上げがデフレ脱却のカギであるとして、産業界に異例の賃上げ要請を何度も行ってきました。では政府が強制的に賃上げを要請した場合、どのような影響が及ぶのでしょうか。
最低賃金の引き上げは効果もあるが副作用も
同じ賃金の引き上げでも、そのやり方によって経済に与える影響は異なります。
最低賃金を引き上げた場合には、最低賃金でギリギリの経営を行っていた企業は存続が難しくなり、市場から退出することになります。もしその企業が行っていたビジネスにニーズがあれば、体力のある競合会社がそのビジネスを取り込んでいきますから、経済圏全体としては生産性が向上し、平均的な労働者の賃金は上昇するでしょう。
しかしながら、体力のある企業は生産性が高く、同じ仕事をより少ない人数でこなすことができますから、消滅した会社の従業員全員が新しく雇用されるわけではありません。つまり最低賃金の引き上げは、賃金も上昇させますが、一方で雇用も減らすという効果をもたらします。
一方、政府による賃上げ要請など、名目上の賃金を一斉に上げた場合には、目立った効果は得られないでしょう。
賃上げを余儀なくされた企業は、従来の利益水準を維持するため、製品価格に賃金上乗せ分を転嫁することになりますから、賃上げから少し遅れたタイミングでインフレが始まります。物価が上がってしまえば、名目上の賃金は上がっても、労働者の実質的な賃金は変わらないことになります。
上記を考えると、最低賃金の引き上げの方が効果が高いということになりますが、この施策も必ずうまくいくとは限りません。
最低賃金の引き上げによって企業が淘汰され、余った労働者が別の産業に従事すれば、経済にとってはプラスですが、新しい産業が生まれず、失業した労働者がいつまでも雇用されないと、今度は社会の格差が拡大してしまいます。結局のところ、新しい産業をどれだけ創出できるのかがカギを握ることになります。