経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 政治

官民ファンド「産業革新投資機構」頓挫の本質的な理由

 官民ファンドの「産業革新投資機構」が頓挫しています。経済産業省と民間出身の経営陣との間に大きな溝が出来たことが原因ですが、これは直接的なものに過ぎません。
 そもそも官営のファンドというものが、市場原理の法則からして成立しにくいというのは、全世界的にほぼ結論が出た状況にあります。今回の失敗は起こるべくして起こったものと考えてよいでしょう。

報酬をめぐる対立は問題の本質ではない

 産業革新投資機構は、前身組織である産業革新機構を改組して出来上がりました。当初、経産省は、同機構が高い成果を上げられるよう、高額報酬で民間から優秀な人材を招聘する方針を打ち出し、こうした呼びかけに対して集まったのが、同機構の経営陣です。

 ところが同省は、突然、提案していた高額の役員報酬を撤回。対応に不審感を抱いた経営陣がこれに猛反発し、民間出身の全役員が辞表を提出するという異常事態に発展しました。

 経営陣の怒りは激しく、会見に臨んだ田中正明社長は「日本国政府の高官が書面にて約束した契約を、後日一方的に破棄し、更には、取締役会の議決を恣意的に無視するという行為は、日本が法治国家でないことを示しています」と政府を批判しました。

 直接的には報酬の問題ということになりますが、金額そのものはたいした話ではないでしょう。態度を二転三転させる経産省の対応に激怒したということであり、要するにガバナンスの問題ということになります。

 ここまでの事態は誰も想定していませんでしたが、経産省と経営陣が対立する可能性があることは以前から指摘されていました。その理由は官営ファンドという存在自体が、根本的な問題を抱えているからです。

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官営ファンドはそもそも成立しにくい

 産業革新投資機構は「官民ファンド」と呼び名になっていますが、実質的には政府が出資する、完全な「官営ファンド」です。同機構の全身組織であった産業革新機構は、先端技術を使った新産業の創出を目的に設立されました。つまり、グーグルやアップルのような企業を発掘し、日本の新しい産業基盤を確立しようという野心的なプロジェクトです。

 しかし現実には、日本にそのような新産業はありません。国内では、すで多数の民間ベンチャーキャピタル・ファンドが存在しており、血眼になってそうした新しい企業を探していますが、投資に値するところは少ないというのが現実です。官営ファンドが探したからといって、急に見つかるはずはありません。

 結果として産業革新機構が行ったのは、ジャパンディスプレイやルネサスエレクトロニクスなど、経営が傾いた旧来型産業に対する湯水のような資金提供でした。

 その反省に立って設立されたのが、産業革新投資機構であり、前回の轍を踏まないために、高額で優秀な人材を雇うという方針が打ち出されました。一度約束した報酬を撤回するのはあってはならないことですが、経産省側にも言い分はあります。
 ファンドの原資は国民の税金であり、むやみに使ってよいものではないからです。つまり官営ファンドである以上、政府の関与は避けて通れないものであり、この部分こそが、本質的にこのファンドがうまくいかない理由といえます。

 もし、政府(あるいは公務員)が、市場で鍛えられたプロのファンドマネージャーよりも投資に対して高い能力を発揮できるというなら、そもそも民間が投資をする意味がありません。そうした考え方に基づいて経済を運営してきたのが、旧ソ連に代表される共産圏や太平洋戦争中の日本ですが、結果については説明するまでもないでしょう。

 一連の試行錯誤を経て、市場メカニズムに関する話は市場に任せるしかない、というのが歴史から得られた結論です。つまり政府が口を出すファンドである以上、そもそも同機構はうまくいかない可能性が高いのです。この話はグローバルには常識的なものですが、日本ではなぜか何度もこうした官営ファンドが作られ、湯水のように税金が投入されているのです。

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