羽田空港の発着便を増やすための新しい飛行ルートが、二転三転の末、ようやく実現する見通しとなりました。混乱の原因となったのは、米軍が管制圏を持つ、いわゆる「横田空域」の存在です。横田空域は戦後日本における一種のタブーとされてきましたが、今回の羽田増便問題によって図らずも表面化してしまった格好です。
羽田のキャパシティは限界
東京国際空港(羽田空港)には現在、年間約45万回の発着枠があり、このうち9万回分が国際線に割り当てられています。東京オリンピックの開催に向けて、政府は羽田の国際線発着枠を増やす方策を検討してきましたが、羽田のキャパシティはほぼ限界となっており、現状ではこれ以上、発着枠を増やすことは不可能です。
そこで政府は、都心の上空を通過して羽田空港に着陸する新しい飛行ルートを策定。オリンピックが開催される2020年までに新ルートを導入することを決定しましたが、これには「横田空域」という大きな問題がありました。
新ルートは、南風時に羽田空港のA滑走路(RWY16R-RWY34L)とC滑走路(RWY16L-RWY34R)をパラレル運用し、都心から空港まで一直線にアプローチするというものですが、このアプローチを選択した場合、進入経路の一部が米軍が管制圏を持つ空域と接触してしまいます。
実は首都圏の上空には、在日米軍が管制権を持つ広い空域があります。「横田空域」と呼ばれるこの空域は、横田基地を中心に、東京や神奈川、さらには新潟にいたるまでの広い範囲に及んでおり、民間航空機はここから大きな制約を受けています。
横田空域を民間機が通過することは可能ですが、事前にフライトプラン(飛行計画書)を提出する必要があるため、多数の定期便が毎日この空域を使うというのは現実的ではなく、一部の便を除いて定期便はこの空域を使っていません。
背景にあるのは航空戦略の欠如
羽田の新ルートは、横田空域の一部と重複していますから、羽田増便を実現するためには、米国との調整が不可欠というわけです。
交渉は当初、順調に進むと思われていましたが、10月に入って、米側が難色を示し、一時は交渉が頓挫しかかったともいわれています。最終的には米国側が妥協し、新しいルートの実現が可能となりましたが、首都上空の管制圏を米側に握られているという厳しい現実をあらためて認識させられたわけです。
もっともこの羽田の新ルートについては、都心上空を最終着陸態勢の航空機が低高度で飛ぶことになるため、一部から騒音や落下物の危険性について指摘する声もあがっています。
日本ではインバウンド戦略やオリンピック対応ということで、羽田空港の発着枠が根本的に足りないことが分かっていながら、成田から羽田へのシフトを強引に進めてしまいました。その結果、デルタ航空など多くの海外エアラインは十分な発着枠が確保できず、日本から事実上、撤退した状況にあります(アジアから来るLCCは増えましたが)。
もし日本の航空行政がもっと戦略的で計画的であれば、都心上空を降下させるという無理なルートを選択したり、横田空域をめぐってデリケートな交渉を米側と行う必要もなかったでしょう。
今回の羽田増便が実現しても、増やすことができる羽田の発着枠はわずか4万回です。羽田と成田を合わせた国際線の発着回数は29万回ですが、シンガポールのチャンギ国際空港は1つの空港だけで37万回の発着回数があります。
今回の議論をきっかけに、日本の航空戦略はどうあるべきなのかもう一度、原点に立ち返って議論した方がよいでしょう。「オリンピックだから」という思考停止は何も生み出しません。