再検証「アベノミクス」第5回
アベノミクスが当初、小泉内閣における構造改革を強く意識していたことは、以前にも言及しました。しかし、時間が経過するにつれて、構造改革的な施策は姿を消し、産業保護的、財政支出的な政策が目立つようになってきました。
ガバナンス改革だけが一気に進んだ理由
このような中、アベノミクスで進展した数少ない構造改革的な施策がコーポレートガバナンス改革です。
ガバナンス改革に積極的な安倍政権の方針を受け、金融庁や東証は、社外取締役の設置や投資家に対する説明責任など、上場企業に対するガバナンス強化策を次々と打ち出しました。
一方、安倍政権は公的年金の運用改革にも積極的でした。安倍首相がどれほど意識していたのかは不明ですが、公的年金改革とコーポレートガバナンス改革が一体となったことで、日本の株式市場は大きな変貌を遂げたのです。
コーポレートガバナンス改革で、いくら社外への説明責任が強まったといっても、実際に株主からの圧力がなければ、日本企業は配当を強化するとった株価対策を実施しなかった可能性が高かったでしょう。実際、過去、何度もガバナンス改革が議論されましたが、日本の上場企業が本気で改革に乗り出すことはありませんでした。
ところが一連のガバナンス改革の過程において、これまで想像もしなかったモノ言う株主が登場してきました。公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)です。
日本の公的年金はこれまで安全第一ということから国債運用が中心となっていました。しかし、一部の識者から日本経済がインフレに転換した場合には大きな損失が発生するとの指摘が出たことなどから、運用体制の見直しが議論されていました。
賃金と年金で企業は板挟み?
安倍政権はこの動きを強く後押しし、一気に公的年金の運用体制シフトが実現しました。背景には公的年金という巨額資金を株式市場に注ぎ込み、株価を維持したいという思惑もあったと考えられます。
100兆円以上の資金を運用する大規模な公的年金が株式を中心に運用を行うというケースは世界的に見ても珍しく、一連の運用改革の結果、大量の資金が株式市場に流れ込み、多くの企業の主要株主が公的年金という特殊な状況が実現しました。
ここで意味を持ってくるのがガバナンス改革です。
一連の改革の結果、上場企業は投資家の方針を最優先に経営を行うことが強く求められるようになりました。日本の場合、その相手は公的年金です。
公的年金の財政は逼迫しており、現役世代から徴収する保険料よりも、高齢者に支払う年金の方が多いという慢性的な赤字となっています。このため、公的年金は投資した企業に対して株価の上昇や配当の増額を強く望んでいます。
安倍政権になってから各企業は、積極的に株主に配当するようになりましたが、それはガバナンス改革の結果であり、公的年金の意向が強く反映されたからです。
公的年金は株価が上昇したり、企業からの配当が増加したことで、赤字幅が縮小することになりましたが、今度は困った事態が発生しました。配当や利益を重視した結果、労働者に支払う賃金を上げることが難しくなったのです。
上場企業は、賃金を上げると配当(つまり年金)が犠牲になり、配当を優先すると賃金が犠牲になるという板挟みに陥っています。また年金の財政も株価に大きく依存するようになってしまいました。これが吉とでるか凶と出るかは分かりませんが、この状況は当分の間、続くことになりそうです。