経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. トピックス

不条理な転勤システムの背後にあるのは終身雇用制度

 このところ転勤制度の是非について話題になるケースが増えているようです。ワークライフバランスという観点から、無理な転勤が生じないよう工夫する企業も増えてきました。
 筆者も基本的には転勤制度というのは全く無意味なシステムであると考えていますが、この話題について議論する際に、どうしても避けて通れないテーマがあります。それは終身雇用制度との関係です。

終身雇用の場合、新規事業には配置転換で対応せざるを得ない

 日本企業の多くでシステマティックな転勤制度が導入されていることと、戦後日本が終身雇用制度を採用していることには、実は密接な関係があります。

 企業というものは常に時代の変化に合わせて業態を変えていかなければ生き延びることができません。しかし、新しい時代に必要な人材が、常に社内にいるとは限りませんし、仮にいたとしても、同じエリアに勤務している保証はありません。

 日本企業では解雇はできませんから、新しい業態への対応は原則として社内リソースでカバーする必要があります。

 例えば、過去20年の間、西日本の拠点を大阪から名古屋に移す企業が増加したのですが、その理由はトヨタという名古屋を拠点とする企業の業績が大幅に拡大したからです。
 もし、諸外国の企業でしたら、大阪の社員を解雇して、名古屋で新規に社員を募集する可能性が高いですが、日本企業の場合には名古屋への強制転勤で対応せざるを得ません。別な企業では、外国人観光客の増加に伴い、福岡に新しく拠点を設け、首都圏から社員を転勤させたところもあるでしょう。

 仮にビジネスモデルに大きな変化がなくても、終身雇用制度の下では別な問題も発生します。それは、社内や取引先などとのなれ合いや癒着です。

 同じメンバーが何十年も在籍することが確実な組織では、業務になれ合いが生じやすく、これを防ぐため定期的な人事異動が行われます。拠点が全国にある企業の場合、人事異動に伴って転勤が発生するわけです。

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終身雇用という幻想を捨てれば多くの問題が解決する

 日本の労働市場は「就職」ではなく「就社」であるなどと揶揄されますが、終身雇用を前提とした「就社」のシステムこそが、制度的な転勤を生み出していると考えてよいでしょう。

 このところ社内のコミュニケーションのあり方や、仕事の進め方など、様々な問題が提起されていますが、たいていの場合、背後に終身雇用の問題が隠れています。

 最近の若い社員に対して厳しく指導することができないという話をよく聞きますが、こうした問題の根本原因になっているのは、世代間ギャップではなく硬直した労働市場です。

 上司のあり方は様々ですし、企業の社風によっても指導の仕方は異なるでしょう。諸外国を見ても、論理的でクールな会社もあれば、軍隊式に厳しい会社もあり、状況は様々です。厳しく指導する上司もいれば、やさしく指導する上司もいるでしょう。

 労働市場がもっと柔軟で、いつでも転職ができる環境が整っていれば、自然とその社風にあった社員が残る結果となり、上司も部下も大きなギャップを抱えずに済みます。たった1回の就職試験で、その後の人生をすべて一緒に過ごすような制度になっているからこそ、こうした奇妙なギャップが生じてしまうのです。

 会社というのは所詮、利益を上げて分配するための器にすぎませんから、もっと気楽に考えた方がよいでしょう。しかも日本は慢性的な人口減少で、今後、何十年にもわたって人手不足が続きます。AI化などの影響もありますが、マクロ的に見て、仕事そのものに困るということは考えにくい状況です。

 自分の性格や方向性に合わない会社に勤務することほど不幸なことはありません。終身雇用に対する「幻想」を捨ててしまえば、多くの問題がもっと簡単に解決するはずです。

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