前回は、財務省が政府の財布をすべて握っており、それゆえに極めて強大なパワーを持っている現状について解説しました。今回は、それを受けて、官庁の権益争いと政治の関係について解説します。
財務省 vs 経済産業省という図式
財務省と並んで霞ヶ関において大きな権益を持っているのが経済産業省です。経済産業省はその名の通り、日本の産業政策を決定する役所ですから、経済界に対する影響力は絶大です。
日本は、昭和の時代までは、大量生産を基本とする新興国型経済であり、国家による産業政策がうまく機能していました(そうではないとう説もありますが)。また、高度成長期ということもあり、日本企業は躍進していましたから、経済産業省(当時は通商産業省)も大きな力を持っていたわけです。
しかし日本が成熟国家になるにつれてこうした産業政策は機能しなくなり、通商産業省の役割は徐々に低下してきました。このため同省は、経済産業省と名前を変え、産業政策と同時に経済政策の一部を担う役所として生まれ変わりました。
そうなると財務省が持っている権限と一部が重複することになりますから、ここで官庁間での権益争いが発生することになるわけです。
経産省が、経済政策の一部を担うといっても、相手は強大な財務省です。そこで経産省が試みたのが政治への接近です。
安倍首相と財務省は、消費増税や財政再建をめぐってことごとく意見が対立してきました。これに加えてエリート意識丸出しの財務省とはあまりケミストリーが合わず、安倍氏は財務省のことを嫌っているとも伝えられます。
アベノミクスの政策の多くは経済産業省のプランがベース
こうしたところに、うまく割って入ったのが経済産業省です。
経済産業省は資源エネルギー庁長官だった今井尚哉氏を首相の秘書官として送り込み、アベノミクスの政策を立案する内閣府の主要ポストの多くに、経産省の職員を据えることに成功しました。
これまでアベノミクスの政策として掲げられたものの多くが、経済産業省のプランをベースにしています。財務省は劣勢に立たされていたのですが、これが一連の出来事の遠因となった可能性は高いでしょう。
政治の動向について分析する際には、政治家の派閥争いや人間関係といった、いわゆる永田町の論理だけではすべてを理解することができません。永田町の論理に加えて、霞ヶ関の権益争いという、もう一つの軸を加えることが重要です。わたしたち国民は、この点を強く意識しておく必要があるでしょう。
「永田町の論理」と「霞ヶ関の論理」が交錯した結果として、最終的な政治の流れが出来上がります。こうした分析に慣れてくると、政策として発表された内容を一目見ただけで、どの省の役人が絵を描いたものなのか、一発で分かるようになります。