前回は、日本人は独裁者の思考パターンをあまりよく知らないことや、安全保障上の問題も実はお金の話と密接に関係していることなどについて説明しました。
米朝が直接対話に乗り出すことについては唐突な印象がありますが、対話に向けた交渉が水面下で行われていたことはよく知られています。また、北朝鮮側の狙いが何なのかについても、以前からはっきりしています。これらを総合して考えると、今回の直接対話も、ある程度は予想できた話ということになるでしょう。
北朝鮮がもっとも避けたいのは資産凍結
今回の直接対話の兆候は、昨年採択された国連安保理決議にもすでにあらわれていました。
2017年9月、国連の安全保障理事会は北朝鮮に対する新たな制裁決議を全会一致で採択しています。決議には、北朝鮮からの繊維製品の輸入禁止や、北朝鮮からの出稼ぎ労働者に対する新規就労許可の禁止といった項目が盛り込まれました。しかし、こうした交渉でもっとも重要なのは、何が決議に盛り込まれたのかではなく、何が盛り込まれなかったのかです。
この決議には、当初、金正恩氏の資産凍結という項目が盛り込まれるはずでしたが、この項目については、結局、見送られる形となりました。おそらくここが、安保理決議における最重要ポイントと見てよいでしょう。
前回、解説したように独裁者が最も望むのは、自らの独裁体制の維持と、それを実現するための資金です。
北朝鮮としては、資産凍結だけは何としても避けたかったはずです。言い換えれば、安保理での交渉は、金一族の資産と独裁体制の保証を各国(特に米国)に要求したものだと解釈できます。これらを保証してくれるのであれば、ミサイルは撃たないという取引と考えるのが自然です。
日本では北朝鮮が好戦的な国であるとの報道が多いのですが、その解釈は必ずしも当たっていません。独裁者の目的は独裁権の維持であり、そうであるならば、独裁者が銃口を向ける先は、実は外国ではなく、自国民であることがほとんどなのです。
お金を渡しておしまいという可能性も
戦争を望んでいないという点では、実は米国も同じです。日本では、米国が北朝鮮攻撃に対して前向きであるとの(願望的な)報道が多いのですが、米国における北朝鮮問題に対する関心は極めて薄いというのが現実です。報道の量も中東問題と比較すると、圧倒的に少なくなっています。
米国は超大国であり、極東の小国に過ぎない北朝鮮問題はそれほど優先順位が高いテーマではありません。あくまで中国との交渉過程の中で、材料のひとつとして認識しているだけです。朝鮮半島問題から大きな影響を受ける日本としては、そうあって欲しくないのですが、これが現実でしょう。
安全保障に関わる問題ですから、米朝交渉がどう転ぶのか分かりませんし、過度な楽観論を主張するつもりもありません。しかしながら、あれほど危機的に思えた朝鮮半島問題についても、結局は北朝鮮をお金で黙らせておしまい、となる可能性もゼロではないのです。
そしてお金をもらった北朝鮮は、頃合いを見計らって再び挑発行為に出ることで、再度、経済援助を要求するというシナリオも考えられます。
日本人はこうした状況をよく考えた上で、自らの振る舞いを決めていく必要があるでしょう。日本は容易にハシゴをハズされてしまう立ち位置にいるという現実を忘れてはなりません。