中国の習近平国家主席が英国を訪問し、英国は最大級のもてなしで習氏を迎え入れました。キャメロン首相との首脳会談では、英国の原発プロジェクトにおいて中国製原発の採用が決まるなど、大型商談もまとまっています。
かつて英国は、中国の人権問題に対してもっとも厳しく接する国のひとつでした。英国による一連の親中的な対応は、欧州と中国の関係が新たな段階に入ったことを象徴しているといってもよいでしょう。一方、英国は記者会見で習氏に人権問題ついて厳しい質問を投げかけ、習氏は中国は人権問題で「改善の余地がある」と認めています。
英国は従来のスタンスから一転
欧州の主要国の中で、これまで中国ともっとも距離を置いていたのが英国でした。英国王室のチャールズ皇太子は、かねてからチベット独立運動の指導者であるダライ・ラマ14世を友人と呼び、香港返還に際しては、中国の指導者を「まるで蝋人形のようだ」と評し、物議を醸したこともありました。またキャメロン首相は2012年の訪中に際し、中国側がもっとも嫌がるチベット問題を持ち出し、中国側を激怒させています。
これに対して中国は、英国を徹底的に冷遇する作戦に出ます。ドイツやフランスは、英中関係が冷え込んでいることから、中国に対して売り込みかけ、チベット問題を封印して中国との大型商談を次々とまとめました。メルケル首相は何度も北京を訪問していますし、オランド大統領の訪中に際しては、中国はかなり手厚くもてなし、英国との違いを強調しました。
英国内では、対中政策について議論が続けられましたが、最終的には他の欧州各国と同様、チベット問題を封印することで、中国の関係強化に乗り出すことになったわけです。
こうした英国の動きは、フランスやドイツに先を越されて焦った結果と見ることもできますが、一方で、最後まで粘ることによって、自らを高く売ったと解釈することも可能でしょう。
英国は欧米先進主要国の中では、唯一、伝統的な王室が維持されている国ですから、外交儀礼上のプレゼンスは極めて大きなものがあります。英国は、今回の習氏の訪英に際し、最大級のもてなしを行っています。
エリザベス女王は、習氏に対して黄金の馬車を用意し、バッキンガム宮殿に習氏を招いて晩餐会を催しました。全世界的に話題のウィリアム王子とキャサリン妃にとっては初の公式晩餐会になるのですが、うまくタイミングを合わせたと考えることもできるでしょう。キャサリン妃は、中国を意識し、真っ赤なドレスで会場に姿を見せています。
中国側の反応は相当なもので、国営メディアは晩餐会の様子を何度も報じるなど、オランド大統領やメルケル首相とは扱いが根本的に異なっています。
共産党による独裁国家が、宮中晩餐会の様子にはしゃぐのは滑稽ですが、逆に考えれば、こうした革命国家だからこそ、王室の権威に憧れている面があり、英国側はこれを最大限利用したということになるわけです。
せっかくの資源を日本はまったく生かせていない
一方、英国は人権を重視する国であるとのタテマエをアピールすることも忘れていません。かつてチベット問題を厳しく批判していたチャールズ皇太子は、渋い顔ながらも習氏との会談を実施しましたが、宮中晩餐会には姿を見せませんでした。
また首脳会談後の記者会見では、中国側に英国の記者が自由に質問することを要求し、中国側はこれを受け入れています。英国の記者からは、人権問題について厳しい質問が習氏に浴びせられ、習氏は、中国の人権問題について「改善の余地がある」と認めざるを得ませんでした。
今回の会談を総合的に見れば、大型の原発プロジェクトを3つも中国にプレゼントするなど、英国のなりふり構わぬ経済優先の姿勢が目立ちます。一方で、ドイツやフランスとは異なり、中国の人権問題を指摘するという実績を残すことにも成功しています。
英国は、歴史的に二枚舌、三枚舌の外交で有名な国ですから驚くにはあたりませんが、こうした絶妙な振る舞いは、どこの国でもできるものではありません。長い歴史を持つ王室の存在、民主主義や人権問題における実績、そして経済力の3つが必要となります。
王室の長い歴史と伝統というのは、一度手放してしまうと、二度と回復できません。その点において日本は皇室を維持している貴重な国であり、本来はこうしたソフトパワーを強く発揮できる立場にあります。
しかし肝心の民主主義や人権といった面では、むしろ欧米各国から批判される側であり、中国やトルコなどと近い立ち位置に甘んじています。
日本は自らの手で近代化、民主化を実現した唯一のアジアの先進国なのですが、その立場を生かし切れていないのはとても残念なことです。