音楽著作権の世界が少し騒がしくなっています。日本では、長年にわたって日本音楽著作権協会(JASRAC)が半ば独占的に著作権管理を行ってきたのですが、この構図に風穴があくかもしれません。
著作権管理を一手に引き受けてきたJASRACの功罪
レーベル大手のエイベックス傘下の著作権管理会社イーライセンスは2015年9月28日、同じく著作権管理業務を行うジャパン・ライツ・クリアランス(JRC)と事業統合に向けた協議を開始したと発表しました。2社を合併させ、経営体制を強化することが目的ですが、その背景には、エイベックスによる楽曲の著作権管理の移管という動きがあります。
エイベックスはこれまで多くの著作権所有者と同様、JASRACに著作権利を委託していました。しかし、今後は同社が保有する約10万曲の著作権管理をJASRACからイーライセンスに移管します。イーライセンスはJASRACよりも割安な管理手数料を設定しており、エイベックスからの移管をきっかけに、今後、本格的に著作権管理の事業に乗り出していくものと思われます。
JASRACはこれまで日本における音楽著作権管理業務を一手に担ってきました。しっかりとした組織を持つJASRACが存在したことで、著作者の権利が保護されてきたという意義は十分に評価してよいでしょう。しかし、JASRACが長年にわたって、半ば独占的にこうした事業を行っていることについて弊害を指摘する声も増えてきています。
日本には実質的にJASRACしかこうした管理を行う団体はありまんから、著作者は管理を委託する団体を選択することができません。こうした官僚組織は自己肥大化する性質を持っており、JASRACも例外ではありません。
古典芸能で通常は著作権料など発生のしようもない雅楽の演奏家にもしつこく問い合わせを行い、著作権料の未払いがないのかについて高圧的な態度で確認するといった事例が報告されています(確かに、雅楽でも今のヒット曲名などを演奏すれば、使用料が発生する可能性はある)。
また、地方の零細な個人商店などに対しても利用料の請求を強く迫るなど、正統な権利とはいえ、少しやり過ぎではないかとの声も聞かれます。また著作者自身が、状況に応じて著作権料は必要ないと考えても、一律の対応しかできないといった弊害も出ているようです。
JASRACの問題は、実はテレビ局の独占とも関係している
いろいろ運営方針が批判されるJASRACですが、問題は実はもう少し複雑です。JASRACによる独占の弊害は、実はテレビ局との包括契約が大きく関係しているのです。
現在、JASRACはテレビ曲と包括契約を結んでおり、テレビ局は放送事業収入の1.5%を支払うことでJASRACに登録されている約300万曲が使い放題となっています。テレビ局は歌番組をはじめとしてたくさんの音楽をかけますから、いちいち個別の楽曲ごとに契約をしていてはとても実務が回りません。このため、包括契約という形が取られており、そのこと自体は合理的な考え方といってよいでしょう。
しかし、テレビ局が免許性で事実上の独占が保証されている事業であることが、少々やっかいな問題を引き起こします。例えば、ある楽曲の著作権を持っている作曲家がJASRAC以外の組織で著作権を管理するということになると、テレビ局は個別に契約を結ばなければなりません。
このためテレビ局は、JASRACに登録されていない楽曲は使いたがらなくなり、テレビでその楽曲を聴くことができなくなってしまいます。
メディア業界に市場原理が働いていれば、それは個々の当事者の判断ですから何の問題もありませんが、テレビ局は国家によって巨大な影響力が保証されている独占企業です。テレビで楽曲が流れなければ、その楽曲を商業的に成功させることはほぼ不可能であり、実質的にJASRAC以外には管理を委託できないという状況が出来上がってしまいます。
テレビ局に対しては割安な包括契約を結び、零細事業者からは厳しく取り立てるという図式は、一部の人からみれば、著作権者を保護するという本来の趣旨とはかけ離れたものに映っているようです。
テレビ局との包括契約が、JASRACの独占を維持するための役割を果たしてしまっているという状況については、2009年に公正取引委員会が独禁法違反で排除措置命令を出しています。この件は、訴訟に発展しており、最高裁は今年4月、他の事業者を排除する効果があるとの判断を下しました。
筆者は評論家(作家)という職業ですから、分野が異なるとはいえ、著作権管理の問題は直接的に関係するテーマです。創造する仕事に就く人にとって、著作権を守ることは非常に重要なことですが、一方で、あまりにも厳密に著作権を管理し過ぎてしまうと、かえって作品の普及や創造性を阻害する可能性もあります。何事にもバランスを取ることは重要でしょう。
エイベックスが大ヒット曲を多数含む10万曲の著作権管理を関連会社に移管することのインパクトは小さくないと思われます。これによって著作権管理の世界にも競争原理が働き、包括契約も含め、著作権管理のあり方にもっと多様性・柔軟性が出てくれば、不振が続くといわれる音楽業界も活性化していくはずです。