経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. ビジネス

安倍首相が携帯電話料金の見直しを要請。効果はあるのか?

 安倍首相が携帯電話料金の見直しを求める発言を行ったことが話題となっています。安倍政権は財界に対して賃上げ要請を行うなど、価格決定メカニズムへの介入をたびたび行っており、今回の発言もその一環と解釈することができるでしょう。
 ここでは日本の携帯電話料金は高いのか、またこうした価格への介入は効果があるのかについて考えてみたいと思います。

日本の携帯サービスは閉鎖的だが、価格の絶対値が特別に高いわけではない
 首相が発言したのは2015年9月11日に開催された経済財政諮問会議です。会議では、民間議員である伊藤元重氏が、通信料金の家計に占める割合が上昇していると発言しており、首相はこれを受けて見直しを求める発言を行ったと考えられます。

 確かに民間議員が指摘するように、家計における通信費の比率は上昇しています。7月の家計調査における消費支出(二人以上の世帯)は28万471円でしたが、このうち通信費は1万2448円となっており、全体の4.4%を占めています。15年前の同じ調査を見ますと、消費支出が32万6480円、通信費は9410円となっており、通信費の占める割合は2.9%でした。

 ただここで注意しなければならないのは、通信費が上昇しているだけでなく、分母である消費支出も少なくなっているという点です。さらに、この間にどれだけの経済成長があったのかということも考慮に入れる必要があります。なぜなら、携帯電話は典型的なグローバル・サービスとなっており、規制が入らない限りは、世界各国でほぼ共通の値段となるからです。

 通信費が9410円から1万2448円に増大しているのは、単純な通話だけでなくネット接続のサービスが加わった影響が大きいと考えられます。一方、この15年の間に全世界のGDP(国内総生産)は2倍に、先進国だけでも1.6倍に拡大しています。ネット接続という価値の高い機能が加わったことを考えると、相対的な通信費用はむしろ下がっていると考えた方がよいでしょう。

 先ほど述べたように、国家による規制が入らない限りは携帯電話料金はグローバルに見て、同一水準に収れんしていきます。総務省の内外価格調査によると、同一条件下での通信料金(スマホ)は、ニューヨークが10601円、東京が7022円、パリが4911円、ロンドンが7282円となっており、日本が特別に高いという結果にはなっていません。

 日本の携帯電話サービスは諸外国に比べて閉鎖的であり、端末とキャリアを自由に選択することができません。利用者本位ではないという部分は明らかですが、グローバルに見て、通信料金の絶対値が高いというわけではありません。

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事の本質は日本が貧しくなってしまったこと
 ただ、グローバルに見て標準的であることと、現実の家計の負担が大きいことは別問題です。先ほど15年の間に諸外国は1.5倍から2倍の経済成長を実現したと書きましたが、同じ期間における日本の成長率はゼロです。つまり、日本はここ15年の間に、相対的に見てかなり貧しくなっているのです。

 米国では大卒の初任給が40万円というのは珍しくありません。社会人1年生の年収が480万円なわけですから、月1万円ちょっとの携帯電話料金はそれほど高い買い物ではないでしょう。しかし多くの日本人にとって、月1万円の携帯電話料金はかなり割高と感じられるはずです。要するにこれは経済の問題なわけです。

 では、政府が価格に半ば強制的に介入した場合にはどうなるでしょうか。もし携帯3社が値下げを受け入れれば、家計はその分だけラクになります。日本の家計はあまり余裕がなく、貯蓄率が低いですから、値下げ分の多くが他の消費に回ると考えられます。

 これによって消費が増え、それに伴って設備投資や雇用の拡大が実現すれば、国民所得は増えますから、マクロ的には効果があったということになります。
 一方、携帯電話会社は利益が減少しますから、その分を何かでカバーしなければなりません。大手3社は正社員の給与は確保するでしょうから、最終的には下請け会社への値引き要求など、正社員以外のコスト削減で対処する可能性が高いと考えられます。これによって国民所得にはマイナスの影響が出る可能性があります。

 最終的にはプラスの効果とマイナスの効果のどちらが大きいのかということになりますが、おそらく結果はプラスマイナスゼロでしょう。
 日本の通信料金が割高で通信会社が過剰利益を得ている場合にはプラスの効果が大きくなりますが、標準的な水準のものをマイナスにすると、必ずどこかで帳尻を合わせる結果となる可能性が高いからです。

 安倍政権は財界に対してたびたび賃上げを要請していますが、あまりよい効果は得られていません。その理由は日本の賃金は特別に安いわけではないからです。市場で決まる適正水準から人為的な操作をしても、効果は薄いと考えるべきでしょう。

 ちなみに筆者は格安SIMを使っているので、データ通信料金は使い放題で月2000円ちょっとです。

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