経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 政治

イラン核協議の最終合意は、なかなか絶妙な内容

 米欧など6カ国とイランがとうとう、核開発問題について最終合意に達しました。イランは核開発を実質的に放棄する代わりに、各国はイランに対する経済制裁を解除することになります。
 イランの核開発が国際問題になったのは2002年のことですから、すでに13年の月日が流れています。米国とイランの対立(米国大使館人質事件)というところまで遡れば、実に36年ぶりの和解ということになりますから、まさに歴史的合意といってよいでしょう。

1発分の開発余力を残し、イラン側のメンツを維持
 今回の合意で、イランは事実上、核開発を放棄していますから、イラン側の譲歩が極めて大きかった印象を受けます。イランは経済制裁で苦しい状況が続いていましたから、そういった側面が大きいのは事実ですが、合意内容をよく見ると、イラン側のメンツも保てる絶妙な内容となっているようです。

 最終合意文書には、イランが保有しているウラン濃縮用の遠心分離機を5060基に削減すると明記されています。現在、イランは1万9000基程度のウラン濃縮用遠心分離機を保有しているといわれます。イランの主力遠心分離機はパキスタンから技術導入したIR-1という形式ですが、これは約1SWU(SWUは濃縮作業量の単位)の能力があるといわれています。

 核兵器を製造するためには、天然ウランに含まれる0.7%程度のウラン235を90%以上に濃縮する必要があり、標準的な核爆弾を1発製造するためには、5000SWU程度の作業量が必要となります。イランはこれまで1万9000基の遠心分離機を持っているとされていましたから、理論的には年間約3発の核兵器を製造することが可能だったわけです(実際に稼働できているのかは別問題)。

 今回の合意では、稼働させるIR-1を5060基に削減し、しかもウラン濃縮を3.67%以下に制限しています。3%台の濃縮レベルは一般的な原子力発電所に使われる核燃料ですから、イランが実際にこの合意を守った場合、核兵器を製造することはできなくなります。IR-1より性能がよいといわれる後継機種についても、合意では濃縮が禁じられています。

 しかし、イランは5060基のIR-1を残すことには成功しました。5060基の遠心分離機をフル稼働させれば、理論的には1年間に1発だけ核兵器を製造することができます。再度、国際社会と対立した際には、1年間をかければ、1発の核兵器を製造できるというオプションを維持したわけです。

irannuclear

世界経済にとっては基本的にプラス要因
 現実に、これだけのリソースしかない状態で、核兵器の製造を行うことは難しいのですが、政治的には1発分の製造余力を持っていることの意味は大きいでしょう。対外的な影響力も維持することができますし、何よりイラン国内の保守派に対して、米国に対して過剰な譲歩はしなかったと説明することができます。

 イラン側の最大の狙いは、メンツを保ちつつ、厳しい制裁を何とか解除してもらうというところにあったと思われます。一方、米国側もイランの核開発を実質的に封じることが最優先課題でした。今回の合意は、様々な要因をうまく整理するためのギリギリの内容だったと思われます。

 査察が完全に実施されるのかという点について不透明感が残ることなど、細かい点を上げればキリがありませんが、大きな枠組みとしては、イランは核開発を放棄し、国際社会に完全復帰するとみて間違いありません。イランは中東では大国ですから、このような国が市場開放を行うことは、経済的には大きなインパクトがあるでしょう。
 経済制裁によって停滞していた原油生産も回復することが予想されます。イランはサウジアラビアに次ぐ、中東の産油国ですから、イランの国際社会復帰に伴って、世界的な原油の供給量も増えてくるでしょう。

 米国はこのところ、キューバとの国交回復など、かつて対立関係にあった国との対話を進めています。これは任期が残り少なくなったオバマ政権の実績作りという面は否定できませんが、世界経済にとってプラスに作用することはほぼ間違いありません。

 イスラエルの孤立化など、あらたな不安材料を指摘する声もありますが、グローバルな市場の拡大と、原油の安定供給というメリットが上回ると考えられます。
 ただ、イランの原油生産量増大は、長期的に見て、原油価格の下押し材料となります。米国のシェールオイルも思った程、生産量が落ちていません。イランの国際社会復帰は、原油価格下落の長期化させ、ディスインフレ傾向を強める作用をもたらすかもしれません。

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