経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 投資

年金運用の年間最大損失額21兆円をどう見る?

 公的年金の運用における国債から株式へのシフトが進んでいます。株式は国債に比べて期待リターンが高いという特徴がありますが、一方でリスクも高くなっています。

 新しい公的年金のポートフォリオでは、想定される年間の最大損失額は21兆円に達することが明らかとなりました。
 これは金融工学に沿って計算されたもので、株式へのシフトを進めれば、当然に想定される数字です。特に驚くべき内容ではありませんが、この数字をどう見るかは人によって様々でしょう。

インフレが進むと債券中心の運用は不利になる
 
安倍政権は、今後インフレが進行する可能性があることから、公的年金の運用方針の見直しを積極的に進めています。
 昨年10月にまとまった新しい運用方針で は、国債の比率は60%から35%に引き下げられ、逆に、国内株の比率は12%から25%に引き上げられました。株式については、外国株を合わせると40%に達することになります。

 インフレの時には債券中心の運用は不利になります。インフレ政策を進める安倍政権としては、公的年金の運用方針を変えることは意味のある施策ということになります。

 ただ、今回の見直しについては、株価維持や、支払い超過で運用資金が年々減少している公的年金への対処という側面があることも否定できません。老後の生活における命綱である公的年金において、過大なリスクは取るべきではないとの意見もあります。

 確かに、公的年金でどの程度のリスクを取るべきなのかは様々な見解があります(米国の公的年金のように株式での運用が禁止されているところもあります)。最終的には国民が決めることではありますが、最大の問題は、多くの国民が、株式での運用を行った場合に、どの程度の損失が出る可能性があるのか十分に理解していない可能性が高いことです。

 これまで損失の話についてはあまり議論されていなかったのですが、民主党の長妻議員が、この問題について質問主意書を政府に送ったことから、政府が具体的な数字に言及することになりました。

 質問主意書に対する政府回答という形で出てきたのが、この21兆円という数字です。

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プラスマイナス21兆円をどう捉えるか?
 この数字自体は、それほど驚くべきものではありません。というのも、政府が提示している新しいポートフォリオに基づいて理論的に損失額を計算すると、だいたいこの程度の金額になるからです。

  公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)では、日本株の期待リターンを約6%、1年間で想定されるリスク(ボラティリティ)を最大 (確率95%)で±50%としています。外国株もほぼ同様の数値が想定されているようです。

 全体で130兆円に達するGPIFのポートフォリオのうち、株式部分にこ れを当てはめると、最大損失額は約23兆円と計算されます。ただ、株式が下落した時には上昇する資産もありますから、実際にはもう少し数字はよくなります。その結果が21兆円という金額と考えられるのです。

 この数字はあくまで確率95%の範囲ということですから、リーマンショックのような100年に1度というような危機が発生した場合には、損失はさらに大きくなります。

 一方、ここでいうリスクとはあくまで株価の上下変動ですから、これだけの損失が出る可能性もあるということは、逆に、これと同等の利益が出る可能性もあるわけです。

 21兆円の超過利益が出ることになれば、私たちの年金の支払いもかなり余裕が出てくることになるでしょう。一方、本当に21兆円の損失を確定してしまった時には、わたしたちの年金はかなり絶望的な状況となります。

 年金の問題は重要ですから、本当にこの運用方法でよいのか、私たちはもう一度、真剣に検討してみる必要があるでしょう。

 従来のような国債中心の運用を行っていれば、年金の受給額は確実に少なくなりますが、巨額の損失を出す可能性は非常に低く済みます。
 株式中心の運用にすれば、儲かるときは儲かりますが、大きな損失を出す可能性は一定割合で存在します。これはまさに、株式投資を始める時に、投資家が悩むテーマそのものといってよいでしょう。

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