アベノミクスのスタート以降、経済政策に関して、激しい議論が続いていますが、多くの論者は重大な点を見落としています。それは、一国の経済水準は、基本的に民間の経済活動が決定するものであり、政府による金融政策や財政政策は側面支援に過ぎないという事実です。これはごく当たり前の常識なのですが、日本経済が弱体化するにつれて、政府の政策に頼る風潮が高まり、最終的には経済政策によって経済成長率が決まるかのような議論まで登場しています。もし経済政策によって経済が決まるのであれば、旧ソ連のような社会主義的な計画経済にすればうまくいくという話になってしまいますから、そもそも論としてあり得ない命題であることがお分かりいただけるでしょう。
では実際のところどうだったのか、過去の事例を検証してみましょう。
グラフは、アベノミクスと民主党政権時代、小泉構造改革、これに加えて大型の公共事業を次々と実施した橋本政権・小渕政権における実質GDP(国内総生産)成長率について比較したものです。アベノミクスは量的緩和策という金融政策、小泉構造改革はサプライ・サイドの経済政策、小渕内閣はディマンド・サイドの経済政策ということになりますから、この3つは経済学の教科書に載っている、典型的な経済政策を実施した政権と考えてよいでしょう。ちなみに民主党は、一時「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げ、公共事業からの脱却を試みましたが、それ以外には目立った経済政策は立案できませんでしたから、経済については何も実施しなかった政権ということになります。
安倍政権における平均GDP(国内総生産)成長率を計算すると実質で0.9%となっています(2020年はコロナ危機があるので除外してある)。小泉政権は1.0%、民主党政権は1.5%、大型公共事業を連発した橋本・小渕政権は0.9%と、アベノミクスは同率で最下位となっています。これを見ると、民主党時代にはリーマンショック後の反動によるGDPの大幅増という特大ボーナスがありましたから、この時期における成長率は少し割り引いて考えた方がよいでしょう。結局のところ、どの政権でも、言い換えれば、どのような経済政策を実施しても、日本は常に低成長なのです。同じ期間で先進諸外国が2%程度の成長を実現していた現実を考えると、この結果は重く受け止める必要があります。
つまり日本経済には根本的・構造的問題が存在しており、それを解決しない限り、かつてのような成長フェーズには戻らないという推論が成り立ちます。しかし、構造的な問題を解決するためには、相応の困難が伴います。結果として無意識的にこの問題から逃げ、経済政策について激論ばかり交わしているというのが今の日本の姿ではないでしょうか。
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