経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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ダイエー消滅が意味すること

 イオンは2014年9月24日、傘下のスーパー「ダイエー」を2015年1月に完全子会社化すると発表しました。同時に「ダイエー」の名称を廃止し、イオングループの新ブランドに集約することも明らかにしました。
 戦後の日本に価格破壊という革命をもたらしてきたダイエーというスーパーが名実ともに消滅することになります。

ダイエー創業者中内氏の戦争体験
 人口の減少で市場の拡大が見込めない中、イオン全体としては店舗の再編が必須となっており、ダイエー消滅もその流れの中に位置付けられています。ダイエーの店舗は老朽化が激しいといわれており、収益力の高い店舗以外は、統廃合の対象となってくる可能性が高いと考えられます。

 しかし、イオンがダイエーを吸収し、結果的にそのブランドを消滅させることになったのは、現在の日本経済の状況を考えると非常に皮肉な結果といってよいでしょう。

 ダイエーは、神戸の小さな薬局としてスタートし、その後、関西を中心に多店舗展開を進め、価格破壊をスローガンに日本の消費市場に革命を起こしてきました。価格決定権がすべてメーカー側にある、いわゆる発展途上国型の経済モデルから脱却するきっかけになったのが、ダイエーをはじめとするこうした大規模スーパーだったからです。

 ダイエー創業者の中内功氏は、毀誉褒貶のある人ですが、天才的カリスマ経営者であったことは間違いありません。中内氏は一兵卒として太平洋戦争に従軍し、飢えと病気で多くの将兵が戦うことさえできずに死亡した南方の戦地から奇跡的に生還します。

 日本軍の無条件降伏後、米軍キャンプで兵隊がアイスクリーム・マシンで、好き放題アイスを食べている様子を見て、餓死寸前だった自分達との落差に愕然としたそうです。

 経済力もないのに、勝つ見込みのない戦争に突き進んだ日本軍に対する中内氏の思いは、やがて非合理的な日本システムそのものに向かうことになります。中内氏の反骨精神は、米国型の超大型小売店という野望に生まれ変わります。

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日本の消費者に選択権はあったのか?
 当時、こうした米国型の超大型スーパーマーケットを夢見て、中内氏とともに、流通革命を起こそうとした仲間の一人が、現イオン社長岡田元也氏の父親である岡田卓也氏です。彼等は超大型小売店を実現することで、メーカーから価格主導権を奪い、庶民に安価な商品を提供しようと考えたわけです。

 実際、米国では小売店の大型化が進み、現在ではウォルマートのような超巨大スーパーも誕生しています。こうした店舗には賛否両論がありますが、米国の生活物価が比較的安いのは、こうした安売超大型店舗のおかげといってよいでしょう。

 ところが日本では、岡田氏や中内氏の計画に対しては、大規模小売店舗法(いわゆる大店法)という敵が現れます。小規模な商店を保護するためというのが、この大店法の趣旨なのですが、当初は確かに地域の小売店を守るために一定の効果を上げていました。
 しかし、この法律はやがて政治利権化し、本来の趣旨を見失っていきます。その結果として、価格が高くサービスの悪い、いわゆるゾンビ店舗を延命させる形になってしまったわけです。

 ダイエーやイオンが大店法に阻まれてなかなか大型店の出店ができない間に、その規制を逆手に取って、コンビニという業態で勢力を拡大したのが、現セブン&アイ・ホールディングスです。

 コンビニは確かに便利ですが、消費者にはメーカーが提示した値引きなしの定価で販売してきましたので、結果的に消費者は高い商品を買わされてしまいます(そうしないとコンビニの高い運営コストはカバーできません)。
 
 安くて少し遠い超大型店舗なのか、近くて高いコンビニなのか、消費者が選択できればよいのですが、日本の場合は、片方が出店規制されている状況でした。消費者は選択することができずに、コンビニでの高価な買い物を半ば強要されてきたわけです。

 大店法はやがて無意味な存在となり、実質的に廃止されましたが、その時にはすでに遅しで、日本経済は完全に下り坂となり、市場の縮小に直面することになってしまいました。

 沈みゆく国では、大型店舗はさらに不利になります。イオンがダイエーを吸収し、ダイエーのブランドを消滅させてしまうのも、やむを得ない選択と考えるべきでしょう。

 コンビニを軸に今でも好調な経営を続けるセブンと、イオン(ダイエー)は非常に対照的です。ダイエーの消滅は、日本の戦後が完全に終わったことを意味しているのかもしれません。
 日本の戦後が、本当の意味での近代合理主義に基づいた国家を形成するためのプロセスだったのだとすると、その終わりは、果たして何を意味しているのでしょうか?

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