再検証「アベノミクス」第4回
このところ日本では空前の低失業率が続いています。リーマンンショック後に一時的に失業率が上昇したことがありましたが、その後は、一貫して低下が続いており、企業の人手不足は深刻な状況です。
総務省が発表した2018年6月の完全失業率は2.4%、5月に至っては2.2%という空前の低い数字でした。この数字は、ほぼ完全雇用に近いものですから、本来でしたら、企業は人手を確保するため賃金を上げていくはずです。
ところが日本では、賃金は上がるどころかむしろ下がっていたというのが現実です。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。
人手不足は好景気で発生しているわけではない
日本の労働者の実質賃金は、アベノミクスのスタート以降、2016年を除いてマイナスとなりました。今年は輸出が堅調でGDPも伸びていますから、プラスとなる可能性がありますが、全体的に見れば賃金は伸び悩んでいるとみてよいでしょう。
人手不足にもかかわらず賃金が上昇しないというのは不思議な現象ですが、その原因は、労働市場の基本的な構造にあると考えられます。
日本は過去10年間GDPがほとんど増えておらず、経済は横ばいが続いてきました。経済が拡大しなければ、労働力に対する需要は増えませんから、本来であれば人手不足は発生しません。しかし、日本の場合には、若年層人口が著しく減少しているという特殊要因があります。
日本の労働力人口の総数は、過去10年間であまり変化がないのですが、25~35歳の労働力人口は2割も減少しました。つまり現状の人手不足は、若年層労働人口の減少が原因であり、好景気によるものではないのです。景気がよいわけではありませんから、企業は簡単に賃金を上げようとはしないのも当然です。
日本人は賃上げよりも雇用の安定を望んでいる
中高年の労働者が増えていることも、賃金を抑制します。
日本の65歳以上の労働力人口は、過去10年間で、男性は約4割、女性は約5割も増加しました。これらの労働力は、パートタイム的な形態が多いと考えられますから、賃金は正社員にくらべて安くなってしまいます。つまり、正社員として働く若者の減少分を、低賃金の高齢者が補うという構図が見て取れます。
しかし、賃金を低下させる最大の要因は何と言っても日本の雇用慣行でしょう。
日本では、法制度上、原則として正社員を解雇することができません。企業が新しいビジネスを行うには、新しい人材が必要となりますが、日本では人を減らさないまま、新規の雇用を抱えてしまうため、人件費に対しては常に抑制圧力が働きます。
安倍政権はこうした事態に対処するため、財界に強く賃上げを求めましたが、状況はあまり改善していません。企業は利益の絶対額が増えないと、人件費にかけるお金の総額を増やすことができません。無理に賃上げをすると、商品の値上げや下請けへの値引きで利益を捻出してしまい、別のセクターに影響が及んでしまいます。
国内では値上げを求める意見はありますが、労働市場を流動化させようという声はあまり聞こえてきません。多くの人が仕事の変化を望んでいないことがその理由です。つまり、実際には賃金よりも雇用の安定を望んでいるわけです。
しかしながら、アルバイトやパートなど、市場メカニズムで賃金が決まる労働者の賃金はジワジワと上昇しています。しばらくは、正社員の賃金が上がらず、非正規社員の賃金が上昇するという流れが続くでしょう。こうしたコストの吸収ができなくなってきた時には、もしかするとインフレが思いのほか進むかもしれません。