日本ではあまり報道されていませんが、昨年11月の米中首脳会談では、航空機の製造・販売に関する重要な協定が米中間で締結されました。近い将来、中国製の航空機が世界の空を飛ぶという話が現実になろうとしています。なぜこうした状況になっているのか、私たちはその背景についてよく知っておく必要があります。
航空機は安全性が第一ですから、航空機を就航させるためには、各国政府から許可を得る必要があります。航空機メーカーは製品を売りたい国の航空当局から、構造や強度が基準に合致しているのかという型式証明(開発時)や、騒音や排気などが各種の環境基準に合致しているのかという耐空証明を取得しなければなりません(型式証明は耐空証明の一部)。
しかしながら、航空機産業は米国を中心に発展してきたという経緯があり、この世界における米国の地位は圧倒的です。航空機の安全性についても、米国基準が事実上の世界基準となっており、各国政府が定める耐空証明の多くは米国の制度に準拠しているのが現実です。
つまり、米国で型式証明を取得することができれば、事実上、どの国にも航空機を輸出することが可能であり、逆にいえば、米国の型式証明を取得できない場合、その航空機の価値はゼロとなってしまいます。このため航空機メーカー各社は米国の型式証明の取得に全力をあげることになるわけです。
こうした中で唯一の例外となっているのが中国市場です。
中国は米国基準とは異なる独自の型式証明を採用しており、これを取得した航空機は中国国内で就航できます。中国市場は巨大ですから、国内市場だけである程度のビジネスが成立するので、こうした独自の型式証明でもやっていけるわけです。
このため中国の航空機メーカーは、基本的に輸出は行わず、国内市場を中心に技術の蓄積を行ってきたのですが、ここにきて中国は、米国や欧州の型式証明を取得し、世界に航空機を輸出するという方向に舵を切り始めました。
米連邦航空局(FAA)と中国民用航空局(CAAC)は「航空機や航空機関連部品の耐空性に関する相互協定」を米中首脳会談に合わせて締結したのです。内容の詳細は明らかにされていませんが、中国製航空機や航空機部品の世界市場での販売に道をひらくことになると考えられています。
読者の中には、なぜ中国が高度な技術を必要とする航空機を簡単に製造できるようになったのか不思議に思った人もいるでしょう。その理由は、産業のコモディティ化にあります。
他の業界と同様、現代の航空機産業はコモディティ(汎用品)化が急ピッチで進んでおり、ゼロから航空機を開発するケースはほとんどありません。大手の部品メーカー各社が半完成品の状態で主要部品を納入し、完成機メーカーはこれを組み立てるだけというのが主流となっています。
結果としてどのメーカーが航空機を作っても、中身はほとんど同じであり、確保できる利益も限定的ということになります。極論すれば、標準化されたパーツをアセンブリするパソコン・メーカーに近い産業構造となりつつあるのです。
中国が開発を進めているC919という旅客機は、外見はエアバスそっくりで、多数の外国製部品が使われており、中国製ではないと揶揄する声も少なくありません。しかし、日の丸ジェットといわれる三菱のMRJですら主要部品の多くが外国製であることを考えると、コモディティ化した航空機産業において、部品が多国籍化するのは当然の結果といってよいでしょう。
逆に言えば、中国製の航空機であっても、中身は似たようなものであり、型式証明の問題さえパスすれば世界市場で売ることが可能となるのです。ここで重要となってくるのが米国の型式証明であり、先ほどの米中航空協定の話につながってきます。
中国は産業構造のシフトを見据え、戦略的に産業を育成しています。日本はこうした中国の動きを甘く見るべきではないでしょう。