公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2015年11月30日、7~9月期の運用実績が7兆8900億円の赤字になったと発表しました。筆者は以前から、GPIFの運用実績について7兆円から10兆円程度の損失が出ると指摘していましたが、ほぼ予想した範囲の結果となりました。
ファンドの運用を行う側の論理からすれば、ごく当たり前の数字なのですが、国民にとって最後の資産である年金を株式などのリスク資産に投資してよいのかついては、十分なコンセンサスが得られている状況とはいえません。
今のところ株価は堅調ですから、それほど大きな問題にはなっていませんが、本格的な下落相場が来た時にも、果たして同じスタンスでいられるのかは疑問です。
債券から株式へのシフトが急速に進む
これまでGPIFは、積立金のほとんどを安全な国債で運用してきましたが、安倍政権になって運用方針の抜本的な見直しが進められました。インフレが進むと債権価格が下落するため、債権中心のポートフォリオでは損失が発生するというのがその主な理由です。
昨年10月にまとめられた新しい運用方針では、国債の比率が60%から35%に低下し、国内株の比率は逆に12%から25%に引き上げられました。外国株を合わせると全体の50%が株式という構成になっています。
ちなみにGPIFでは、日本株の期待リターンを約6%、1年間で想定されるリスク(ボラティリティ)を最大(2σ=確率95%)で±50%としており、外国株もほぼ同様の数値を設定しています。
6月末時点から現在までの間に、日経平均は約14%、ダウ平均株価は約8%下落していますから、機械的にこの数字を当てはめると約7兆円の損失が発生している計算となります。実際、7~9月期の損失も近い額となりました。
こうした運用方針の見直しについては、一部からは株価対策ではないのかという批判が出ていました。実際、GPIFのポートフォリオ変更に伴って、数兆円の資金が株式市場に流入しており、空前の株高が演出されています。
2014年度(通年)の運用実績は15兆2922億円のプラス、2015年4~6月期の運用実績も2兆6489兆円のプラスです。つまり、GPIFは自らの買いで株価を押し上げ、高い運用実績を上げたことになります。
ただ、いつまでもGPIFが株式を購入し続けられるわけではありません。ポートフォリオの変更に伴う資金流入はそろそろ終了の時期を迎えており、今後は、自らの買いによる株価上昇は期待できない状態にあります。これからの年金運用の状況は、まさに株価次第というわけです。
背景にあるのは年金財政の悪化
先ほど筆者はGPIFの株式シフトについて、株価対策との批判が出ていたと書きましたが、実は株価対策よりも、さらに切実な事情があります。それは年金財政の悪化という問題です。
公的年金は高齢化の進展で、年金の給付額が、年金保険料の徴収額を上回っており、GPIFの積立金は毎年3兆円程度減少しています。つまり、何もしなければあと数十年で年金積立金がなくなってしまう状況なのです。大きなリスクを覚悟してでも、期待リターンの高い株式にシフトした本当の理由はここにあります。
筆者は個人的には、債券から株式に資産をシフトすることについて賛成する立場です。しかし、今回の株式シフトは、国民的議論がほとんど行われないまま、拙速に進められてきました。
日本人は基本的に株式投資を嫌う国民であり、個人で株式投資をしている人は一部の富裕層に限定されているというのが現実です。公的年金の加入者が本当に株式投資での積極運用を望んでいるのかについては疑問を抱かざるをえません。
高いリスクを取って年金の給付額を維持すべきなのか、安全性を優先する代わりに年金の減額を受け入れるべきなのか、意見は分かれるはずです。
今回の損失は、大幅に上昇した後の下落ですから、全体としてはプラスを維持しています。実際に年金が減っているわけではりあませんから、多くの人にとってはまだピンとこないのかもしれません。しかし、本格的な下落相場がやってきたときに、今と同じスタンスでいられる保証はありません。
公的年金は国民にとって最後の拠り所となる大事な資産です。本当にこのまま、株式への積極シフトを進めてよいものなのか、国民的な議論が必要でしょう。