FRB(連邦準備制度理事会)が9月の利上げを見送りました。年内利上げは既定路線ですので、多くの市場関係者が12月利上げを予想しています。
基本的にはこのシナリオで市場は動いていくと考えられますが、もし12月に利上げが実施できないということになると、これまでのFRBの基本路線が大きく変更されることになってしまいます。今回の見送りによって、FRBのオプションは少し狭まったかもしれません。
インフレ率に注目が集まる結果に
FRBは、2015年9月17日に開催したFOMC(連邦公開市場委員会)において、利上げの見送りを決定しました。中国の景気失速や市場の混乱が、米国経済にも影響を与える可能性を考慮した判断ということになります。
声明文には「世界的な経済・金融情勢が米国の経済活動を抑制し、インフレの下押し圧力になっている」という文言が盛り込まれ、中国発の景気失速が米国経済に影響を与える可能性を示唆しました。インフレに関する言及があったことから、今後、利上げの焦点が労働市場からインフレに移るのではないかとの見方も出ているようです。
イエレン議長はこれまで何よりも労働市場を重視してきました。労働市場は堅調に推移しており、ここ3カ月の雇用者数の増加は平均で20万人を上回っています。米国では新規雇用者数が20万人を上回っていると好景気とみなされますから、まずますの状況が続いていると考えてよいでしょう。
また、失業率も完全雇用に近い5.1%まで低下しています。賃金の伸びはそれほど顕著ではありませんが、FRBが目標としていた水準には十分に達していると考えてよさそうです。
一方、インフレ率は今ひとつといった状況が続いています。FRBでは2015年の物価見通しについて、総合指数で0.4%、エネルギーと食料品を除いたコア指数で1.4%としています。インフレ率が2%に達する時期については、前回(6月)のFOMCでは2017年としていましたが、今回は2018年と1年後退させました。
総合指数については、エネルギー価格が急激に下落していますから、低下するのもやむを得ませんが、コア指数の上昇が鈍いのはやはり気になります。
市場では年内利上げを織り込んでおり、このところドル高が続いてきました。ドル高は金融引き締めと同じ効果をもたらしますから、これは米国経済にとってインフレの下押し材料となります。
実際に利上げをする前から、実質的に利上げの効果が顕在化しており、これによって物価目標が後退していると考えることができるでしょう。その意味では、インフレ率が低下しているのも自然な流れということになります。
新興国からはむしろ早期利上げを求める声も
ただ、市場の注目を雇用からインフレにシフトさせてしまったことは、イエレン議長としては少々、失敗だったかもしれません。米国経済が実質的な利上げ局面に入っているのだとすると、しばらくの間、ディスインフレ傾向は続く可能性が高いと考えられます。中国の景気失速が深刻になれば、インフレの下押し圧力はさらに強くなるでしょう。
そうなってくると、インフレ率の数字が劇的に改善するという状況は考えにくく、いつまで経ってもFRBは利上げできないというジレンマに陥ってしまう可能性があります。FOMCメンバー17名のうち、13人は年内利上げを予想しており大きな流れは変わっていません。しかし、今回のFOMCでは1人のメンバーが何と、マイナス金利を予想しています。
イエレン議長はこれについて議論の対象にはなっていないと述べていますが、FOMC内部の雰囲気が変わってきたという印象は否めません。政策当局者はできるだけ多くのオプションを持っていることが大事ですから、市場の焦点がインフレ率に集まることになってしまうと、FRBの手足を縛ってしまうことにもなりかねません。
新興国は自国からの資金流出を懸念しており、基本的に利上げに否定的です。しかし、いつ利上げが実施されるか分からないという不透明感による影響も大きく、一部の新興国からはむしろ早期の利上げを望む声も上がっているようです。
12月までは、とりあえず12月利上げというシナリオで市場は動くことになりますが、もしこの先、景気の極端な悪化を示唆する指標などが出てきた場合には、年内利上げが白紙撤回される可能性もゼロではありません。
基本的に筆者は米国経済の先行きを悲観していませんが、市場は生き物です。可能性は低いですが、ゼロ金利が長引く可能性は検討しておいた方がよいでしょう。