経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 社会

企業による株主への利益還元策が活発化している理由

 このところ、企業の利益を株主に還元しようという動きが活発になってきています。日本はこれまで「株式の持ち合い」に代表されるように、株主の意向を経営に反映させることについて消極的な社会でした。なぜこのタイミングで、株主還元策が強化されるようになってきたのでしょうか?
 これにはいくつかの要因が重なっているのですが、意外なことに、その理由のひとつとなっているのは、厳しさを増す日本の年金問題なのです。

利益の大半を株主に還元する企業も
 Gショックなどで有名なカシオ計算機は、来期の利益のほとんどを株主に還元する方向で検討を進めています。あくまで新聞報道のレベルであり、同社は正式発表しているわけではありませんが、配当の増額を検討していること自体は認めています。

 昨年度、同社は25円の配当を行っているのですが、来期には30円まで引き上げる方針とのことです。同社の発行済み株式数は約2億7000万株ほとありますから、実際に30円に増配されれば、来期の配当総額は80億円となります。

 実は、同社は今期、120億円を超える自社株買いを実施しており、これを合わせると株主還元額は200億円を超えることになります。今期の純利益見通しは約230億円ですから、利益のほとんどを株主に還元する計算です。

 このほか、金属加工機器大手のアマダやインテリア大手のサンゲツなども、利益の大半を株主に還元する方針を明らかにしています。
 これらの会社はいわゆるオーナー企業ですから、もともと利益還元に積極的という事情はありますが、これら以外にも配当を増額する企業は着実に増えています。株主還元策の強化が全体的トレンドとなりつつあるのは間違いありません。

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日本独特の慣行である株式の持ち合いとは?
 日本企業はこれまで、株主に対する利益還元はほとんど行ってきませんでした。米国など諸外国は、投資家による利益要求が厳しく、経営者は高額な報酬をもらう代わりに、高い利益を上げ、株主に対して積極的に利益を還元する必要があります。このため、外国企業の経営トップには、高額で雇われるプロの経営者が就任するケースが多くなっています。

 これに対して、従来の日本企業の経営者は、多くが社員からの昇格となっており、株主への利益還元よりも、内部留保や雇用の維持など、企業の内部に目を向ける経営を行ってきました。それができたのは、日本企業には「株式の持ち合い」という独特の習慣があったからです。

 株式の持ち合いとは、企業が相互に大量の株式を持ち合うというもので、議決権は行使せず、双方の経営には干渉しないというシステムです。相互に大量の株を持っていれば、投資ファンドなど、外部の投資家が高いシェアを握ることを防げますから、サラリーマン経営者は株主のことを気にせずに経営ができたわけです。

 こうした慣行は、高度成長期にはうまく作用しましたが、グローバル化の進展に伴って弊害も目立つようになってきました。外部からの刺激がないので、企業が自己変革しにくくなってしまったのです。

 株式の持ち合いは年々解消が進んできたのですが、日本型経営に対するこだわりは強く、株主の意向を経営に反映させない経営スタイルは大きく変わりませんでした。
 株主への利益還元を強く企業に迫り、多くの企業に外部から経営者を送り込もうとした村上ファンドは社会から厳しい批判を受け、代表はインサイダー取引容疑で逮捕されています。

年金財政と日本型経営の見直しという奇妙な関係
 しかし、ここにきて、なぜか日本企業が、あれほど消極的だった株主に対する利益還元を行うようになっています。その最大の理由は、意外なことに公的年金の財政逼迫化です。

 よく知られているように、日本の公的年金は非常に厳しい状況にあります。年金受給世代に対する支給額は、現役世代からの徴収額を大きく上回っているからです。
 足りない分は、年金積立金の取り崩しでカバーしているのですが、毎年数兆円が積立金から取り崩されており、数十年で運用原資がなくなってしまう状況にあります。

 このところ、年金運用改革が話題になっているのですが、その内容は、よりリターンの高い株式の運用比率を上げようというものです。なぜリターンを上げなければいけないのかという理由は、上記のように年金として支給するお金が足りないからです。

 このため、公的年金は株主としての権利を行使し、企業側に配当など利益の還元を強く求めるようになっています。これによって企業側が、急遽、株主重視の姿勢を取り始めているわけです。

 もし経営者が従業員ではなく株主の方向を見た経営を行うようになれば、当然、従業員の雇用環境は厳しくなります。社員の非正規化や採用の抑制なども進むでしょう。一方、このような措置を採用しなければ、今度はわたしたちの老後を支える年金財政が危うくなってしまいます。

 これまで頑な拒否してきた株主に対する利益還元策を実施している背景には、このような抜き差しならぬ事情が存在していたのです。

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