経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 投資

野村証券、定年延長の背景にあるのは投資家の高齢化?

 証券業界大手の野村証券が、国内営業を担当する正社員の定年を60歳から65歳に延長し、最長で70歳まで再雇用する制度を導入したことが話題となっています。

定年延長に踏み切ったのは、社員のためだけではない
 日本は今後、深刻な人手不足となる可能性があり、定年を延長しないと十分な供給を確保できない可能性があります。
 また、日本の公的年金の財政が深刻な状況にあり、給付水準の大幅な抑制と給付開始時期の後ろ倒しが必須の状況となっています。このため政府は、企業に対してより長期にわたって雇用を維持するよう強く求めています。

 ただ、現実的に高齢者を長期雇用するのは容易なことではありません。仕事の現場では定年延長で様々な弊害も起こっており、定年延長を歓迎していない企業があるのも事実です。

 今回の野村の定年延長は、生涯労働という社会の流れを受けたものであることは間違いありませんが、ここまで大胆な制度の導入に踏み切ったのには、また別な理由がありそうです。それは、証券会社の顧客である、投資家層の急速な高齢化です。

 野村証券では、現在、顧客の長期的な資産形成を支援する資産管理型営業への転換を進めており、新しい人事制度もこれを前提にしたものです。新制度による職種を選択した社員は、定年が65歳まで引き上げられるとともに、自ら営業地域を選択することが可能となるので、地域密着型で顧客の資産増加を支援する営業が可能となります。

 かつて、日本の証券業界は、顧客に株の回転売買を強いる強引な営業で知られてきました。社会的な批判も相次いだことから、これまで何度も資産管理型営業への転換を目指しましたが、なかなか実現しませんでした。

 現実問題として、顧客に回転売買を強いれば、手数料収入を簡単に増やすことができるので、証券会社の業績が向上するからです。

 一方、資産管理営業は顧客と良好な関係を長期にわたって維持できますが、業績に結びつくまでに時間がかかるという欠点があります。従来の証券会社の体質からすれば、まずは回転売買による手数料が最優先ということになり、資産管理型営業は定着しなかったわけです。

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もはや日本で株をやる人は退職者しかいない?
 今回の野村の取り組みは、本格的なものだといわれています。体質を変えようという野村の意識が高いということもあるのかもしれませんが、それ以上に大きいのが株式市場の変化です。

 かつて証券会社(リテール)の最大の顧客は、自由になるお金をたくさん持つ中小企業のオーナー社長でした。サラリーマンでお金を持っている人もいますが、オーナー社長とは比較になりません。以前の証券マンの中には、お金を持っていないサラリーマンはゴミ扱いし、まともに相手にしなかった人も多かったのです。

 しかし、日本経済の状況は大きく変わり、資金が自由になるリッチなオーナー社長は激減しました。1人あたりの資産額は小さいのですが、それでも相対的に見た場合、今の日本でお金を持っているのは、大企業や公務員を退職した高齢者ばかりというのが現状です。

 こうした顧客層には、従来型の豪放磊落な営業手法はあまり歓迎されません。じっくりと時間をかけ、コツコツと投資信託などを積み上げてもらうやり方がもっともフィットするわけです。細々とした手数料を積み上げるこうしたやり方は効率的ではありませんが、もはや日本では、そういった人たちしか、株を買ってくれないのです。

 最近、政府が導入を決めたNISAという制度が非常に好調です。これは、年間100万円までならば、株や株式投信の値上がり益、配当・分配金にかかる税金が5年間非課税になる制度なのですが、予想通り、口座を開設した人のほとんどが高齢者でした。若い人にはお金がなく、株式投資をする余裕はなさそうです。

 株式投資の年齢層が偏ってしまうことは市場にとっていいことではありませんが、今の日本ではこれも仕方のないことなのでしょう。

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