財界首脳がとうとう終身雇用の見直しについて言及

 経済界の首脳が相次いで終身雇用の見直しに言及しています。これまで正社員の雇用について触れるのはタブーとされてきましから、よほどの事態といってよいでしょう。
 終身雇用制度は日本の伝統だと思っている人がいますが、それは違います。一連の制度は戦争遂行のため、人為的に作られたものであり、本来の雇用制度は諸外国と同様、もっと柔軟なものでした。財界首脳の発言をきっかけに、この制度は解体に向けて動き出しました。

これまで正社員の雇用は「聖域」だった

 経団連会長の中西氏は2019年4月、「終身雇用を続けていくのは難しい」と発言、続いてトヨタ自動車の豊田章男社長も、終身雇用の見直しについて言及しました。

 日本型雇用が制度疲労を起こしていることは多くの人が認識していると思いますが、この話は半ばタブー視されており、企業トップが安易に言及できる対象ではありませんでした。
 かつて小泉政権は構造改革の本丸として正社員の雇用にメスを入れようとしましたが、これがきっかけで構造改革が頓挫したという経緯がありますから、各政権にとっても触れたくなかった話題といってよいでしょう。

 それにもかかわらす、経済界のリーダーが相次いで終身雇用の見直しに言及したということは、それだけ企業の経営環境が悪化していることを示しています。人件費負担が日本企業の経営を本格的に圧迫し始めており、多くの企業がこれに耐えられなくなってきたわけです。

 日本企業は新規事業のたびに中途採用で人を増やしていますが、スキルが合わなくなった社員を解雇することはできませんから、必然的に社員数が増えていきます。日本企業全体で見ると、何と400万人もの社内失業者を抱えている状況と言われます。

koyo

日本型雇用などそもそもなかった

 多くの人は終身雇用制度は日本の伝統だと思っているかもしれませんが、それは違います。終身雇用制度や元請け下請けという重層的な産業構造は、戦争遂行のため国家総動員法の施行とほぼ同じタイミングで導入されたものです。戦前の日本社会では転職は当たり前でしたし、下請け企業もドライで、条件が悪いとすぐに取引先を変えていました。

 集団主義的な戦時体制が、戦後の大量生産にうまくマッチしたことから、制度が継続したというのが実態といってよいでしょう(経済学者の野口悠紀雄氏は一連の仕組みについて1940年体制と呼んでいます)。

 政府は定年を70歳まで延長する方針ですが、企業は定年延長に大きな危機感を抱いており、一定以上の年齢に達した段階で主要ポストに就いていない社員を管理職から外す、いわゆる役職定年の強化に乗り出しています。定年後の再雇用においても、給料を大幅に下げたり、異なる職種を斡旋するケースが続出しています。

 定年後、同じ会社に雇用されたとしても、別の会社に派遣される可能性もあるわけですから、書類上、同じ会社に勤務していても、転職していることと同じです。

 このシステムは本質的に意味がなく、早晩、維持が難しくなる可能性が高いと思われます。結果的に中高年の転職市場が拡大することで終身雇用制度が崩壊していくとみてよいでしょう。
 長い時間がかかりましたが、結局のところ、日本企業の雇用も、諸外国と同じ制度になるだけの話であり、日本型雇用というのは幻想に過ぎなかったことが、今更ながらはっきりしたわけです。