経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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40歳前後の早期リタイアを目指すFIRE運動の背景を探る

 米国の若者の間で、40歳前後の早期リタイアを目指す「FIRE(Financial Independence Retire Early)」ムーブメントがちょっとした話題となっています。
 事業で大成功してアーリー・リタイアを目指すという従来のスタイルとは異なり、働かなくても暮らせるギリギリの資産額で引退し、持続可能な生活を目指すというミニマリスト的な価値観ですが、これにはどのような背景があるのでしょうか。

若いうちに一定の資産を作り、後はスローライフ

 米国においてビジネスで大成功した人が早期リタイアするというのは社会的ステータスのひとつでした。一方、近年活発になっているFIREと呼ばれる早期リタイア運動はだいぶ異なります。競争主義には懐疑的で、半永久的なレースからは早く抜け出したいという願望が根底にあります。

 米国はビジネスをするには最適な国であり、労働者の稼ぎも多いですが、一方で、常に成果を上げることが求められます。ミレニアル世代を中心に、一部の若者はこうした環境に嫌気が差し、早い段階でリタイヤして、その後はスローライフを送りたいと考え始めています。

 1960年代から70年代に米国を席巻したヒッピー・ムーブメントと似ていますが、彼等のような反文明的、反体制的な傾向はあまり見て取れません。

 FIRE運動の中核となっているのは、金融業界やIT業界に勤める高学歴、高収入の若いホワイトカラー層ですから、一般的に彼等は競争社会における成功者ということになるでしょう。確かにアマゾンやグーグルの社員は平均的な労働者から見ればかなりの成功者ですが、その上には、創業者や資本家というとてつもない成功者が存在しています。

 さらに上を目指すということになると、まさに気の遠くなるような競争社会に自らを放り込む必要があります。ある程度のところで無限のゲームに見切りを付け、コンパクトな生活を送りたいと考える人が出てくるのも無理はありません。

fire

ベーシック・インカムの議論にも影響を与える?

 彼等は高収入であるにもかかわらず、生活を極限まで切り詰め、収入の多くを貯蓄もしくは投資に回すことで、10年から15年程度の期間でまとまった資産を作ることを目標としています。一定の資産があり、引き続き質素な生活を持続できれば、安全運用による収入だけで暮らしていけるという算段です。

 年収1500万円の人が、生活を極限までコンパクトにすれば、年間数百万円の金額を貯蓄できます。米国では株式投資が盛んなので、毎年、その資金を投資に振り向けることで、平均すると数%以上の利回りで資産を増やすことができるでしょう。15年程度の時間をかければ、1億円程度の資産を保有するのも不可能ではありません。

 1億円の資産があれば、債券など安全資産に投資することで年間300万円程度の不労所得が得られます。これだけでは十分とはいえませんが、この300万円をベースに、自分が受けたい仕事だけを受けるようにすれば、ほとんどストレスを抱えること亡く年収500~600万円を確保できます。

 日本の場合、資本市場の整備が十分ではありませんし、何より20代の若者が年収1000万円以上を稼ぐには至難の業ですから、日本でFIREを実現できるのはごく一部の人に限られるでしょう。しかしなら、ITによって高度に合理化された現代社会に一種の行き詰まり感が出ているのは事実であり、この運動は要注目の動きといえます。

 一部の識者はAIが社会に普及した場合には、ベーシックインカムの導入が不可欠になると主張しているますが、FIRE運動の活発化はこうした議論にも影響を与えるかもしれません。

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