経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 経済

景気に関する議論で「皮膚感覚」が大事である理由

 このところ日本の景気をめぐって不毛が論争が続いています。政府は景気が戦後最長になったと喧伝していますが、現状に否定的な立場の人からは「好景気という実感は薄い」との批判が出ています。こうした批判に対しては、今度は数字をよく見ていないといった再批判が行われているようです。

「タテ」と「ヨコ」と「感覚」

 たいていの場合、こうした論争はアベノミクス賛成vsアベノミクス反対という単純な図式で、最初から結論ありきになっているので、議論自体に大した意味はありません。

 状況を客観的に受け止めた場合、景気が戦後最長なのも事実ですし、多くの国民が好景気という実感を持てないというのも事実です。

 政府における好景気、不景気の判断というのは、前期比がプラスかどうかが重要な基準となります。一方、国民が豊かさを実感できるかどうかは、期間ではなく指標の増加幅がカギを握ります。数字がプラスになる期間が長く続いたとしても、増加分がわずかしかなければ、豊かになったという実感が持てないのは当然といってよいでしょう。

 経済に関する議論に限らず、筆者は何かについて評価する際、筆者は以下の3つが重要だと考えています。ひとつは「タテ」、もうひとつは「ヨコ」、最後は「感覚」です。

 タテというのは、過去に遡って分析することです。景気が戦後最長という話はまさにその典型なのですが、最長なのは期間であって、成長率が過去最高という話ではありません。過去に遡って成長率を比較すれば一目瞭然ですが、近年の日本の成長率は極めて低く、この状態で国民が豊かさを実感するのは難しいでしょう。

 ヨコというのは他国との比較です。日本は経済活動の多くを貿易に依存しており、他国との比較は避けて通れません。日本がいくらデフレだといっても、諸外国で物価が上がれば、輸入品の値段は一方的に上昇してしまいます。国内での稼ぎが同じなら、諸外国で経済が拡大して物価が上がった分、日本人が買えるモノの量は減り、その分だけ貧しくなってしまいます。

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経済を決めるのは政策ではなく、わたしたち自身

 過去5年間の日本における実質成長率の単純平均は1.3%です。これに対して米国の成長率は2.2%、ドイツの成長率は1.8%あります。一般的に豊かだと言われている国は、成長率も高いという現実を考えると、常にヨコの比較を行うことが重要であることがお分かりいただけるでしょう。

 つまり今の日本は、過去との比較でも、そして諸外国との比較でも成長率が低いので、国民は豊かさを感じることができません。数字というのは正直なもので、最終的に数字というのは感覚に収束していきます。「好景気といっても実感が湧かない」という消費者の直感はたいていの場合、正しいのです。

 さらにいえば、マクロ経済というのは、国民一人ひとりの活動の集大成ですから、最終的に景気を決めているのは私たち自身です。政策によって景気の動きを後押ししたり、抑制することはできますが、政策によって根本的に経済を動かすことはできません。

 確かにアベノミクスのスタート以後、1人あたりのGDP(国内総生産)が諸外国と比較して大きく落ち込むなど、日本の貧困化が進んでいますが、アベノミクスがそうさせたわけではありません。一方、アベノミクスで日本が復活しているという話も幻想に過ぎないというのが実状です。

 わたしたちはもっと自身の感覚を大事にすべきだと筆者は考えます。自身の感覚をもとに冷静に数字を分析すれば、現状が見えてきますし、解決の方策もそこから生まれてくるはずです。あるひとつのイズムに傾倒するのは精神的にラクかもしれませんが、そこからは何も生まれてきません。

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