経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. スキル

安田純平氏解放のニュースを情報リテラシーの視点で読み解くと

加谷珪一の情報リテラシー基礎講座 第32回

 シリアで武装勢力に誘拐され、身柄を拘束されていたジャーナリストの安田純平氏が解放されました。メディカルチェックの結果、健康状態に大きな問題はないということなので、まずは一安心といったところでしょう。

 安田氏をめぐっては、一部からバッシングする動きが出ているようですが、安田氏に対して「政府に迷惑をかけた人」という単純なとらえ方をしているようでは、情報社会を生き抜くことはできません。

安田氏は政府に迷惑をかけた人?

 安田氏が拘束されたシリアは、外務省が退避勧告を出している地域であることから、身勝手な行動であり、政府が救出に尽力する必要はないという意見が一部から出ていました。しかし、こうした考え方は、かなり皮相的なものであるといってよいでしょう。

 そもそも民主国家であるならば、国外で命の危険にさらされている自国民に対して(その理由の如何を問わず)、救出できるよう最大限努力するのが国家としての責務です(日本が北朝鮮のような国と同じであるというなら話は別ですが・・・)。

 しかも今回はジャーナリストの身柄が拘束されたという話ですから、政府からすれば、むしろインテリジェンス(諜報)活動の対象領域であり、迷惑を掛けられたというような単純なものではありません。形式的に政府は「こうした行動は控えて欲しい」との立場を取りますが、内実も同じとは限らないでしょう。場合によっては有益な情報が得られる可能性があるからです。

 今回の解放にはカタール政府が大きな役割を果たしたと言われています。中東には、国家間の交渉という表向きのチャネルに加え、イスラム聖職者を介した宗教上のチャネル、さらには地域の有力者のチャネルなどがあり、その全容を把握するのは容易ではありません。安田氏から犯行グループの詳しい情報が得られれば、中東情勢の分析に関して有益な示唆を得られる可能性があります。

 本コラムを読んでいる方ならすでにお分かりと思いますが、ジャーナリズムと諜報活動は常に表裏一体です。

 安田氏はプロのジャーナリストですから、自らの行動が諜報活動の対象になっていることや、場合によっては自らが諜報活動に巻き込まれてしまう可能性については十分に理解していたはずです。限定された環境下で情報を整理したり分析する基本的なスキルも身につけているでしょう。

 拘束されたことは大変な苦痛だったと思いますが、彼にとっては自身の身柄を使った最大の取材機会でもあり、諜報機関にとっては極めて有用な情報源となり得ます。
 自らの意思で危険地帯に行き、不本意とはいえテロ組織と直接接触して情報収集してくれるわけですから、言い方は良くないですが、情報を受け取る側にしてみれば、これほどコスパのよい手段はありません(一般に諜報機関では協力者や情報源などの外部リソースのことをアセット(資産)と呼んでいます)。

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カタール政府の狙いはどこに?

 今回の解放に際しては多額のお金が支払われたというニュースもありますが、真相は不明です。各国ともテロリストとは交渉しないというのが基本的な立場であり、金銭で解決しないというのが原則となっています。

 しかし、欧米各国も実際には身代金を支払うケースがあり、状況に応じて対応はまちまちです。カタールが金銭を支払ったという報道もあり、もしこれが本当であればカタールは日本にうまく「貸し」を作ったということになりますが、少し違った解釈も可能でしょう。

 カタールは身代金を組織に流すことで、どのような人物がどのように介在したのか動きを知ることができますし、有力者のネットワークをうまく操ることもできます。これに加えて天然ガスの有力顧客である日本に対して外交的に恩を売れるのであれば、身代金など安いモノと考えた可能性もあるわけです。

 分野が分野だけに、真相がすべて明らかにされることはないと思いますが、数年後に別のニュースによって何となく全体像が見えてくるということも十分にあり得ます。限られた情報の中で仮説を立てたり、時間をかけて仮説を検証することも情報リテラシーを向上させる手法のひとつです。

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