経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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経済産業省の「伊藤レポート」はビジネスマン必読

 先日、経済産業省が非常に面白いレポートを公表しました。企業と投資家との間には、どのような関係を構築するのかが望ましいのかについて、約1年間、議論を続けてきた成果をまとめたものです。
 伊藤邦雄一橋大学大学院商学研究科教授を中心とした有識者委員の提言なので、通称「伊藤レポート」と呼ばれています。

日本企業が高い能力が持っているのに低収益な理由
 このレポートでは、投資家と企業の対話が重要であり、日本企業はグローバルスタンダードにあわせて約8%程度のROEを目指す必要があると結論付けています。

 この話自体は、特に目新しいものではないのですが、このレポートの非常に興味深いところは、日本企業のダブルスタンダード(二枚舌)について鋭く指摘している点です。
 今まで、日本型経営と欧米型経営に関する様々な議論がありましたが、日本企業のダブルスタンダードの問題は、なぜか避けられてきた話題です。

 筆者は、日本企業や日本市場が、欧米とうまく折り合いを付けられない原因は、基本的にこのダブルスタンダードにあると思っています。このレポートは、日本のビジネスマンや市場関係者は必読といってよいものと考えます。

 多くの人が認識するように、日本企業は本来、高いイノベーション創出能力を持っているはずですが、世界的に見て収益力が低く、株価も低迷しています。
 その理由として、日本企業は長期的視野に立った経営を行っており、欧米企業は目先の利益しか追求していないからという指摘がよく見られます。

 しかし、本レポートではこうした見方を否定します。日本企業の収益力が低いのは、日本企業がダブルスタンダード経営を行っているからであり、実は日本企業の方が短期的視野でしか経営していないと指摘しています。

 ここでいうダブルスタンダードとは、投資家、特に海外の投資家に対して行う説明と、社内に対して行う説明の整合性が取れていないという点を指します。

 日本企業は、投資家向けの説明会などでは、ROEの向上などを約束していますが、実際には社内の論理を優先し、ROEを向上させるための方策を積極的には実施していません。
 つまり経営者は意図的に、社内外で説明を使い分けており、こうした状況が投資家に見透かされているというわけです。

 日本市場の取引の7割は外国人投資家が占めており、しかも、そのほとんどが短期的な利ざやを稼ぐ投機筋です。今や日本市場は、一種の賭博場であり、長期的視野で投資をする外国人投資家はほとんどいない状況です。

 外国の投資家は、日本企業が意図的に言行不一致を行っていることを察知しており、日本企業を信用しなくなっている可能性があります。そのため、長期的な投資が集まらないのです。

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日本の文化は理解されている。問題は二枚舌
 実際、内外とのダブルスタンダードは、企業経営や資本市場の現場ではよく見られる光景です。
 外国ファンドによる日本企業の買い占めが批判された事例はたくさんあります。日本人は会社の乗っ取りを行う海外ファンドを批判しますが、当の日本企業が、自社の株を買って欲しいと海外ファンドに対して積極的に営業を行っていたという事実からは目をそむけようとします。

 海外の投資家からみれば「買って欲しい」と営業されたので株を買ったが、買った途端にハゲタカと呼ばれて批判されてしまったわけです。これでは日本を信用しなくなって当然といえるでしょう。

 海外のファンドに株を買い占められたくなければ、そもそも海外に対して株を買って欲しいという宣伝はやめるべきです。また、日本企業は投資家に対して、正々堂々と、経営権取得を目的とした投資は受け付けないと宣言すべきでしょう。

 そのようにしていれば、そもそも株を買い占める投資家など出てこないのです。米国でもグーグルのように上場企業でありながら一般投資家には議決権の提供すら制限した企業もあるくらいですから、それは会社の方針次第で何ともなるわけです。
 それができないのは、投資家の間口を狭めてしまうと、株価の維持や資金調達ができないという自信のなさが背景にあるからに他なりません。
 
 よく「欧米は日本の文化を理解しない」「日本と欧米は違うのだ」という意見を目にしますが、欧米は日本の企業文化を理解していないわけではありません。
 日本企業が、あたかも、欧米と同じ文化であるかのように説明しておきながら、実際の行動がそれとは異なること(言行不一致)に対して、不公正さを感じているだけなのです。

 日本人は、日本人の論理を堂々と主張すればよいのです。欧米人も論理的に日本の方針を説明されれば日本の事を理解するでしょう。

 しかし現実にはこれはほぼ不可能だと思われます。お金は出して欲しいが、経営には口出しをして欲しくないという日本企業の論理を堂々と主張すれば、日本企業に投資をする投資家はいなくなります。たちまち会社の経営は立ち行かなくなってしまうでしょう。

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