経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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安倍首相の戦後70年談話の中で、もっとも注目すべきポイントは?

 安倍首相が戦後70年談話を発表しました。注目されていた歴史認識問題については「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」といったキーワードが盛り込まれ、歴代内閣の立場を引き継ぐ形に落ち着きました。

内外の状況を考慮し無難な形に落ち着く
 談話の内容については様々な意見が出ているようです。バランスが取れていると評価する声がある一方、野党の一部は「お詫び」や「侵略」といった言葉が引用になっている点を指摘し、加害者責任が不明瞭であると批判しています。

 当初、安倍首相は「お詫び」や「侵略」という言葉は使わない方針でした。しかし、安保法案をめぐって安倍政権の支持率が急低下していることや、与党内部からも、談話の内容について批判する声が出てきており、最後は安倍首相も妥協せざるを得なかったようです。
 安倍首相としては、お詫びや侵略を盛り込むにしても、直接こうしたキーワードに言及することは避けたいと思っていたはずです。首相の思いと周辺からの要求を調整した結果、最終的に引用という形になったものと思われます。

 その意味では、野党が追及しているように、表現を曖昧にしたということになるのかもしれませんが、外交という世界では、あまり意味はないと考えられます。
 従来から使われているキーワードが盛り込まれたかどうかが重視されますから、基本的には歴代内閣の立場が引き継がれたと認識される可能性が高いでしょう。実際、中国や韓国は、今回の談話に対して目立った批判は行っていません。

 客観的に見た場合、安倍政権は周囲の反応や支持率などを勘案し、現実的な選択をしたと解釈することができます。
 一方、安倍内閣について保守的イデオロギーの強い右派政権と位置付けるならば、少々見方は変わってくるかもしれません。もっとも重視していたイデオロギーの面で妥協を余儀なくされたということですから、安倍政権の権力基盤は弱体化したと見るのが妥当でしょう。

 経済政策を前面に出し、国論を二分しかねないイデオロギーの部分はできるだけ色を薄めるというのが、これまでの政権運営の基本戦略でした。
 しかしアベノミクスは弾切れという状況であり、この方法はそろそろ賞味期限切れを迎えつつあります。来年には参院選もありますから、政局は以前より流動的になってきたと考えた方がよさそうです。

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日本の国策の誤りについて明確に言及
 ところで、あまりメディアでは話題になっていませんが、今回の談話には、お詫びや侵略といったキーワード以外に、注目すべき点があります。それは、当時の日本の指導者が国際情勢を理解できず、進路を誤ったとする記述が盛り込まれたことです。

 具体的には「日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした『新しい国際秩序』」への『挑戦者』」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」となっています。これは、村山談話や小泉談話など過去の談話ではほとんど言及されなかったテーマといってよいでしょう。

 当時は、日本だけでなく多くの国が植民地主義を採用しており、アジアやアフリカなどに広大な植民地を所有していました。しかし、徐々に超大国としての立場を鮮明にしつつあった米国は、「民族自決」という概念を打ち出し、大国によるこれ以上の植民地拡大を禁止すべきと訴えました。

 米国は、純粋にアジアやアフリカの植民地の人々のことを思って反植民地主義を唱えたわけではありません。近い将来やってくる、米国主導の新しい世界秩序を見据え、英国や欧州各国に対する政治的野心に基づいて、こうした発言を行ったわけです。

 各国は米国が持つパワーを考慮し、基本的にこの考え方に従いましたが、日本だけが米国と真っ向から対立し、中国大陸への進出を強行します。
 日本国内には、当時の植民地政策について「欧米も同じように侵略行為を行っていた」「日本だけが悪いわけではない」といった論調があります。しかし、こうした一種ナイーブな主張は、冷酷な国際政治の世界ではほとんど考慮されないというのが現実です。

 政治的野心をむき出しに、覇権国家への道を歩み始めた超大国に対して、日本はいきなり鉄砲玉を撃ち込んでしまったわけです。その後、実際に起こった太平洋戦争や、日本の敗北を前提に構築された現在の国際秩序というものは、こうした行動の当然の帰結にすぎません。

 これまでの日本は、「お詫び」や「侵略」という、非常に限られた側面からしか、先の大戦について議論することができませんでした。今回の談話に、リアリズムに基づいた国際的パワーバランスの視点が盛り込まれたことは、素直に評価してよいでしょう。

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