経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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ギリシャ問題であぶり出された、欧州が抱える本質的矛盾としたたかさ

 ユーロ圏首脳会議は2015年7月13日、十数時間の激論の末、ギリシャが提出した緊縮策を受け入れ、総額820億ユーロ(約11兆円)の金融支援策を実施することを決定しました(厳密には金融支援策について協議を始めることを決定)。
 ギリシャのユーロ圏からの離脱はとりあえず回避されましたが、問題が本質的に解決されたわけではありません。ギリシャは経済の基礎体力が弱く、大幅な債務減免がなければ再び同じ状況に陥る可能性があるからです。

ユーロは果たして幻想か?
 ユーロ圏は異なる経済状態の国々を一つの通貨でまとめるという、かなり無理のある制度です。「一つの欧州」という政治的スローガンの下、人間の理性と知性をもってすれば、困難なプロジェクトも実現できるという、極めて欧州的な発想といってよいでしょう。

 知性と理性を重んじる欧州人の理想主義的な気質は尊敬に値するものですが、同じ欧州といっても、主要先進国と周辺諸国との間には大きな溝があるのも事実です。ギリシャ問題は、ユーロが抱える本質的矛盾がもっともストレートに出てきたケースといえます。

 ギリシャのGDPは約2400億ドルで、欧州の盟主であるドイツの16分の1の規模しかありません。GDPの絶対値が小さくても、1人あたりの経済水準が豊かであれば問題はないのですが、ギリシャはその点でもかなり見劣りがします。ギリシャの1人あたりGDPは約2万2000ドルなのですが、これはドイツやフランスの半分以下です。日本は約3万6000ドルですから、日本と比較しても、ギリシャの経済水準はかなり低いといってよいでしょう。

 こうしたギリシャの状況は経済危機によってもたらされたわけではありません。ギリシャ経済はユーロに加盟する以前から同じような状況であり、欧州の主要国と比較すると、当初からかなりの差があったのです。

 ギリシャは1970年代までは軍事政権で、今よりもさらに貧しい状況にありました。軍事政権崩壊後も、年十数%の高いインフレに悩まされ、ギリシャ国債は利回りが20%を超えていた時期もあります。

 ギリシャはかなり昔から裕福なドイツ人の保養地として有名でしたから、ギリシャ人は休暇を楽しむドイツ人の豊かさを皮膚感覚として知っています。ギリシャ人には、何としてもユーロに加盟し、先進国の仲間入りをしたいという願望があり、このため、無理をして民主化や制度の近代化を進め、強引にユーロに加盟したという経緯があります。

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現在のギリシャは元の水準に戻っただけ
 本来、経済の基礎体力の弱い国は、相応の通貨価値しか維持できませんが、ユーロの導入によってその障壁が取り除かれました。ユーロという最強通貨の信用を背景に、低金利で資金調達が可能となり、これに欧州域内の自由化が加わり、ギリシャには多くの資金が流れ込むことになります。これによってギリシャはユーロの導入後、身の丈をはるかに超える、驚異的な経済成長を実現することになったわけです。

 ギリシャがユーロを導入した2001年から2008年にかけて、ギリシャの名目GDPは2.7倍に拡大しています。同じ期間でドイツやフランスは2倍程度ですから、ギリシャの成長がいかに突出しているかが分かります。

 しかしギリシャは観光以外に目立った産業はなく、流入した資金は消費の拡大だけに回ってしまいます。ギリシャ政府は次々と大判振る舞いをして財政赤字を拡大させますが、GDPも増えていますから、政府債務のGDP比はあまり上昇しません。
 気が付かない間に、本来、ギリシャが持っている基礎体力では到底返済が不可能な水準まで負債を拡大してしまったのです。

 2009年以後、ギリシャの経済規模はピーク時の7割まで縮小しましたが、これは1929年の世界恐慌当時に匹敵します。短期間でこれだけの落ち込みですから、ギリシャ国内は大混乱だったと思いますが、長い目でみれば、ギリシャは本来の水準に戻っただけというのが現実です。

 放漫な経済運営を行ったギリシャを擁護する気はさらさらありませんが、リーマンショック前のプチバブル時に、過大な消費に走ってしまった背景には、「これでドイツ人やフランス人のような生活ができる」という屈折した思いがあったと考えられます。しかし現実は現実ですから、これを無視して経済を運営することはできません。結局、そのツケを払うのはギリシャ人自身だったわけです。

 今回の金融支援では、こうした状況を改善させることはできません。今後も何からの出来事をきっかけに同じような危機が勃発する可能性は否定できないでしょう。
 もっとも、欧州は高い理想主義と現実的な権謀術数が同居できる不思議な地域です。こうした危機が再発しても、欧州の人は「複雑怪奇」な交渉で、何とか状況を維持していくのかもしれません。

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