経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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タクシー運転手の賃金と規制緩和の是非

 東京の大手タクシー会社に対して、運転手が残業手当の支払いなどを求めた裁判で、東京地方裁判所は2015年1月28日、会社に対して1400万円余りの支払いを命じる判決を言い渡しました。
 タクシー業界は、規制緩和の是非をめぐってよく議論となるのですが、今回の判決は自由競争のメカニズムをうまく機能させるためには何が必要かという点において、有益な示唆を与えてくれます。

タクシー業界は賃金体系が独特
 タクシーの業界は、普通の業界とは少し異なる賃金体系となっています。運転手には基本給が支払われますが、それに加えて、タクシーの売上げに応じた「歩合給」が支払われています。しかし、その金額はすべて運転手がもらえるわけではなく、そこから様々な経費が差し引かれるような形で最終的な賃金が決まります。

 今回の裁判は、この経費の差し引きについての争いなのですが、ここではその詳細については触れません。重要なことは、タクシー業界は基本的に歩合給の割合が高いという点です。

 歩合給が高いということは、タクシーの運転手はお客さんを乗せてはじめてまともな給料になるということを意味しています。

 運転手の努力によってある程度、お客さんの数を増やすことは可能ですが、タクシーは路上を走ってお客さんに拾ってもらう仕組みですので(最近は配車アプリなどもありますが)、多くのお客さんを乗せられるかは「運」に左右される部分も大きくなっています。
 つまり、本人の努力とはあまり関係のない部分で、業績連動給を強いられているという面があるわけです。

 もしファストフード店の事業者が店員に対して、お店全体の客の入りが悪いからといって今月の給料は半分にすると宣言したら、おそらくブラック企業だと大問題になるでしょう。しかしタクシー業界の一部ではそれに近いことが行われているのです。

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規制緩和の問題ではない可能性が
 すると、どのようなことが起こるでしょうか?

 タクシーの事業者はお客さんがあまり乗らない場合には、運転手の給料を下げればよいだけなので、台数を絞ってサービスを向上させるといった企業努力をしなくなります。さらに客の数が少なくなって、経費を捻出するのが難しくなってくるまで、その状態は放置されることになるでしょう。

 つまり普通の業界よりも過当競争が起こりやすい仕組みになっているのです。

 タクシーについては以前から規制緩和が検討され、小泉政権の時代には自由化によって10%ほど台数が増加しました。規制緩和で台数が増えた結果、運転手の生活が疲弊したという批判が出ており、タクシーの自由化は、規制緩和がもたらす弊害としてよく取り上げられます。

 しかし、こうした状況は、実は規制緩和の問題ではなく、単に業界の給与体系が原因である可能性もあるのです。

 もしタクシー会社が、歩合給ではなく、時間給で運転手に給料を払い、事業リスクについては運転手ではなく事業者が負うという、世間ではごく当たり前の業界慣行になれば、そもそも規制緩和が行われてもこれほど台数が増えなかった可能性があります。

 ファストフード業界にはほとんど規制がありませんが、業界が成り立たなくなるほどの新規参入はありません。それは従業員の給料が固定給で、ある一定以下には下げられないからです。

 自由化や規制緩和については、単純な賛成・反対論が多いのですが、労働環境を決める要因はほかにもたくさんあります。単純な二元論ではなく、もう少し、総合的な議論が必要でしょう。

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