経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. テクノロジー

軍需産業とヒッピーという奇妙な関係

 前回はシリコンバレーを例に、イノベーションの有無が都市の発展や衰退に大きく影響するという話をしました。今回はその話の続きです。

シリコンバレーの複雑な成り立ち
 シリコンバレーは自由な雰囲気のハイテクの街として有名ですが、その成り立ちはもう少し複雑です。もともとシリコンバレーは軍需企業の集積地として発達してきました。面白いのは、軍需企業の集積地だったシリコンバレーがなぜ、自由な雰囲気のハイテクタウンに変貌したのかという理由です

 シリコンバレーはサンフランシスコに近く、カリフォルニア大学など教育機関も充実していますから、軍需企業の集積地にはもってこいの場所です。現在、パソコンのCPUでは圧倒的なシェアを持つインテル社も、かつては売上のほとんどを国防総省に依存する典型的な軍需企業でした。

 一方、サンフランシスコは米国の反体制運動の拠点だった街でもあり、1960年代から70年にかけては、ヒッピーと呼ばれる人たちが多数住んでいました。アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズ氏もかつてはヒッピーだった一人です。

 ジョブズ氏が若かった頃、彼はドラッグに夢中になり、ベジタリアンとして生活していました。髪は伸ばし放題で風呂にも入らない生活でしたが、彼はベリタリアンは体臭がしないと固く信じており、他人が体臭を指摘しても納得しなかったそうです。彼は亡くなるまで、終生ボブ・ディランのファンであったことでも有名です。

 シリコンバレーにはジョブズのような反体制的でコンピュータの知識がある若者がたくさん存在していました。
 米国は体制側も相当なもので、このような反体制派の若者を単純に弾圧するようなことはしません。この中で、天才的な頭脳を持つ人たちを、シリコンバレーの軍需企業を通じて囲い込み、兵器開発にその頭脳を応用させるとともに、過激な反体制活動に向かわないように監視していたのです。

siliconvalley

イノベーションには、異なるカルチャーの融合が不可欠
 米国の軍事企業にはこうした元反体制派の活動家が多く在籍しています。米国の映画やドラマには、彼等が人生に対して、どのように折り合いを付けたのかという苦悩を描いた作品が数多くあります。

 80年代、レーガン政権が圧倒的な支持で誕生しましたが、民主党員であるにもかかわらず共和党のレーガンに投票した人が多数現れたことが話題となりました。

 そのような人をレーガン・デモクラットと呼ぶのですが、軍需企業に在籍した元ヒッピー達は、レーガンデモクラットの典型といわれています。

 自由でリベラルな現在のシリコンバレーの雰囲気は、彼等が形作っていったものです。現在ではそこに世界中から集まった移民が加わり、さらにいろいろな価値観が混じり合う街になりました。これがイノベーションの源泉になっていることはほぼ間違いありません。

 軍による兵器開発と、反戦、フリーセックス、ドラッグを主張するヒッピーは、まさに正反対の存在です。しかしこの相容れない存在が、テクノロジーというものを媒介にして奇妙な融合を見せているわけです。

 反体制活動やドラッグなどを好き放題やったあげく、その後は軍需企業で高給取りとは、身勝手極まりない振る舞いではありますが、これも現実のひとつの側面といえるでしょう。さらにいえば、有能ならどんな人でも登用するという米国の強さの源泉でもあるわけです。

 同じような光景はそのほかの場所でも見ることができます。アマゾンやマイクロソフトが本社を置くシアトルは、西海岸では屈指の軍港で、ボーイングという巨大軍需産業も本拠を構えています。
 またロサンゼルスにほど近いサンディエゴもハイテクの集積地として有名ですが、ここもシアトルと並ぶ巨大な軍事都市であり、一方ではサーフィンやドラッグといった西海岸文化の拠点でもあります。

 異なる価値観やカルチャーがぶつかり合うことは、イノベーションにとっては非常に有益であることを、米国の複雑な都市事情は教えてくれています。

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