経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 政治

ロシアの経済的苦境から見えてくる戦争の現実

 ウクライナ問題をめぐる西側各国の制裁によって、ロシア経済が厳しい状況に追い込まれています。ロシアは今後、経済的な理由からウクライナ政策を見直さざるを得なくなる可能性が出てきました。ロシアが置かれた状況は、現代の戦争の本質をよく表しているといえるでしょう。

ロシアの経済はもともと脆弱
 ウクライナ問題が発生して以来、米国を中心とする西側各国はロシアに対して経済制裁を課してきました。経済制裁の決定後、ロシアからは資金流出が加速しており、ロシアの通貨ルーブルは対ドルで25%も以上も下落しています。ロシアからの資金流出は今年前半で10兆円近くに上っており、制裁後はさらに増加している可能性が高いと考えた方がよいでしょう。

 ロシアは大国のように見えますが、実はそうではありません。ロシア経済は実は非常に脆弱であり、GDP(国内総生産)は200兆円程度しかありません。これは米国の7分の1、日本の半分以下という水準です。

 しかもロシアには目立った産業がなく、天然ガスくらいしか輸出して外貨を稼げる手段がありません。ロシアの輸出額は年間40兆円ほどなのですが、その6割が天然ガスを中心とする資源類です。つまりロシアの経済はエネルギー価格に左右されており、エネルギー価格が下落すると、必要な物資の輸入にも事欠く状況となる可能性があるわけです。

 昔と違い、現代の軍隊は高度にハイテク化されており、軍事力の優劣はその国の経済水準に比例します。ロシアはGDPの約4.5%を軍事費に費やしていますが、そもそものGDPが小さいので軍事費はわずか9兆円にしかなりません。これに対して米国は、やはりGDPの4.5%を軍事費に支出しているのですが、GDPそのものが大きいので、軍事費は約70兆円と巨額になります。

 米国と比較すると、ロシアは赤ん坊程度の軍事力しか持っていません。ちなみに中国は1000兆円のGDPがあり、その1.7%程度を軍事費に充てていますから、軍事費は17兆円ということになります。中国と比較してもロシアは弱小の国ということになります(ちなみに日本は約500兆円のGDPがあり、防衛費はその1%で約5兆円を支出しています)。

 こうした状況を総合的に考えると、ロシアはかなりギリギリの状態で戦争を行っており、ウクライナに対する軍事力の行使を大幅に拡大する余力はないと判断することができます。

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戦争とは経済そのもの
 ロシアには、過去の資源輸出で蓄えた55兆円の外貨準備があり、すぐに支払いに困るような状況ではありません。しかしロシアの外貨準備は着実に減少してきており、物品の輸入に必要なドルを調達するのは、徐々に困難な状況となりつつあります。

 ロシア中央銀行は11月10日、とうとう通貨バスケット制を廃止し変動相場制に移行すると発表しました。ルーブルへの売りが集中していることから、中央銀行でルーブルを買い支えることができなくなったのです。この状態で無理に買い支えを行うと、国際的な投機筋との全面対決になってしまいますから、ロシア中銀のこの判断は賢明といえます。

 ただ、変動相場性に移行してしまうと、ルーブル安が加速することになり、輸入物価が上昇します。ロシアはすでにかなりのインフレになっているのですが、これに拍車をかけてしまう可能性があるわけです。ロシア中銀は政策金利を相次いで引き上げており、現在では9.5%にまでなっています。しかしインフレが止まる気配はありません。

 さらに状況を悪くしているのが、このところの原油価格の暴落です。ロシアの輸出のほとんどはエネルギーですから、原油価格が下落してしまうと、輸出金額が減り、ロシアの貿易赤字が拡大してしまいます。

 天然ガスの輸出は、多くが長期契約によるものですから、原油価格の下落によって、すぐにロシアの輸出が減ることはありません。しかし金融市場は、いずれロシアからの輸出が減少することを織り込み始めており、これがルーブル安や資金流出をさらに加速させる危険性があります。

 プーチン大統領は、軍事的な面よりも、経済的な面において、ウクライナ政策のあり方について重大な決断をする必要に迫られています。ウクライナ問題の是非はともかくとして、ロシアが置かれた苦しい状況を見ると、現代の戦争というものは、まさに経済そのものであるということがよく分かります。

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