経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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総論賛成、各論反対の日本

 政府が進める行政手続きのIT化に印鑑業界が待ったをかけているという話が話題になっています。確かに印鑑の存続や印鑑がなくなった場合の経済的な補償を求める業界団体は時代錯誤的ではありますが、この業界だけが特別というわけではありません。
 多くの人が、普段は無意味な規制や補助金には反対しますが、いざ、自分の利害が絡むと、人が変わったように抵抗勢力になるというケースがよくあるからです。

印鑑の業界団体が、印鑑義務化廃止に猛烈に反対

 日本はこれまで行政のIT化には消極的でしたが、ようやく政府も動き出しており、昨年7月には「デジタル・ガバメント実行計画」を策定。今国会にはデジタル手続き法案が提出されます。

 この法案には、法人設立に際して印鑑の義務化をなくす条項が盛り込まれていましたが、印鑑業界の反対でこの条項は削除されることになりました。

 印鑑の製造業者などで構成する複数の業界団体は政府に対して要望書を提出しており、「法人設立における印鑑届出義務の廃止」について再考することや、民間における手続きオンライン化推進を白紙撤回すること、さらには、これらが実施されなかった場合、業界が受ける損失について政府が金銭的な補償をすることなどを求めています。

 ネット上では、「あまりにも時代錯誤」など、業界のスタンスに反発する声が圧倒的であり、筆者もその通りだと思いますが、どうも釈然としない部分もあります。旧態依然とした体制に批判的な人が多いのに、なぜ日本ではイノベーションが活発にならないのかという疑問です。

 実は、同じような事例が日本では無数に発生しており、印鑑業界の話は決して特殊ではないからです。典型的なのは受動喫煙対策法でしょう。

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自分の利益が関係すると皆、徹底的に反対する

 日本では受動喫煙防止法が骨抜きとなっており、事実上機能しないことが確定しました。現時点においても日本の禁煙対策は先進国で最低レベルですが、さらに遅れることが確定的となったわけです。

 喫煙者はすでに少数派であり、諸外国では禁煙化の流れが確定しています。しかも法案が審議されるまでの世論は基本的には受動喫煙は完全に防ぐべきだという論調だったはずです。ところが、いざ立法措置となると反対の声によっていとも簡単に法案は覆されてしまいます。

 これ以外にも、政府の補助金廃止など利権が絡む施策には、必ず反対の声が上がり、なかなか事案が前に進みません。

 ムダな補助金や規制に賛成かと問われれば、たいていの人が反対と回答するのですが、実際に自分の利害に関係する話になると、例がなく抵抗勢力に変貌し、周囲はそれを説得することができません。これを端的に示したのが「総論賛成、各論反対」です。
 こうした風潮の背景には、自分の利害が危うくなった時には、周囲に配慮してもらいたいという一種の甘えがあると考えられます。時代に合わなくなったものは生き残れないという覚悟が全員に備わっていないのです。

 もしそうなのだとすると、日本ではあらゆることが前に進みません。印鑑業界について批判している人が、実は次の抵抗勢力だったりするのです。

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