来年の民法改正を期に、不動産賃貸をめぐる状況が大きく変化するかもしれません。法務省の審議会において、不動産賃貸の敷金や原状回復に関して、明文化する方向性で議論が進んでいるからです。
不動産賃貸をめぐる商慣行は、日本が抱える問題の縮図といってもよいものです。今回の法改正は、日本の不動産賃貸が産業として自立するきっかけになるかもしれません。
改正民法では敷金や原状回復に関する内容が明文化される
これまで民法では、敷金に関する項目は存在していたものの、その範囲や返済義務の要件などについては明文化されていませんでした。また退去する際の、原状回復義務についても、どこまでがその範囲なのかは、条文では示されていませんでした。
判例などを通じて、敷金の性格や、通常の経年変化は原状回復義務にあたらないという点ははっきりしていましたが、条文にないという理由で無理難題をテナントに押し付ける大家さんがいたことは確かです。
現在、法務省で議論されている改正案では、敷金について、名称に関わらず「賃料など金銭債務を担保する目的で,借り主が貸し主に対して交付する金銭」と定義されることになります。
つまり、賃料の滞納などがあった場合には、貸し主は敷金の中からその金額を差し引くことができる一方、賃貸契約が終了した際にはただちに敷金を返還する義務があるわけです。
また、原状回復義務について「通常の使用による損耗や経年変化は含まない」とはっきり明文化されることになりました。必要以上に内部を汚したという場合を除いては、大家さんは高額の修繕代をテナントに求めることはできなくなるでしょう。
ただ一部の大家さんがこうしたやり方をしてきたのには理由があります。以前の借地借家法は、借り主の権利が過剰に保護されており、一旦、住宅を貸し出してしまうと、家賃の滞納などがあってもなかなか強制退去を実施できないといった問題がありました。
筆者も不動産をいくつも所有しているのでよく分かりますが、どうしようもないテナントにあたってしまうと、それはもう目も当てられません。
大家さんから不動産サービス事業へ
日本の借地借家法は、戦死者の遺族を保護するため、借り主保護が強化されてきた側面が強いのですが、それが最近まで効力を発揮していたわけです。
最近になって借地借家法の改正が行われ、定期借家契約といった新しい契約形態も登場しましたが、高額物件などに限定されているのが実情であり、多くの物件について適用されているわけではありません。大家さんはリスクを回避するため、借り主に過剰な負担を負わせている面があるわけです。
しかし、こうした状況は単に法律だけの問題だけで引き起こされているわけではありません。戦争をきっかけに出来た時代錯誤な法律が長年効力を発揮していたのですが、そのような状況が続いた背景には、日本の不動産賃貸ビジネスが、成熟した産業に成長していなかったという側面も大きいと考えられます。
大家さんの中には、もともと持っている土地や家を借り主に「貸してやっている」という意識を持つ人も少なくありません。これではまともなサービス産業に育つはずがありません。
不動産賃貸がサービス産業であるならば、無意味にテナントを選別することは経済合理性に反します。一方、賃貸ビジネスはボランティアではありませんから、家賃の滞納やルール違反のテナントには、毅然とした対応を取らなければなりません。
またこうしたトラブルにかかる費用を十分に考慮に入れた上で利益ができるよう、しっかりとした価格設定を行う必要もあります。属人的、ムラ社会的な関係で住宅を貸し出してた従来の大家さんではこのような発想は難しいでしょう。
日本ではすでに大量の住宅が余っており、これらの有効活用は非常に重要な政策課題です。
今回の法改正が、ムラ社会的大家さんから、ビジネスマン大家さんへの脱皮を図るきっかけになるのであれば、非常に有意義なことといえるでしょう。