経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. ビジネス

残業代ゼロ制度が導入される背景とは?

 労働時間に関わらず賃金を一定にするという、いわゆる「残業代ゼロ制度」ですが、年収1000万円以上の社員に限定するという方向で固まりつつあるようです。
 ただ、財界からは対象の拡大を求める声が上がっており、安倍首相は今後、対象を拡大することに含みを残す発言をしていますから状況は流動的です。

年収1000万円という人は全体の4%程度
 残業代ゼロ制度は、実は一度ボツになっています。昨年夏に産業競争力会議で検討されましたが、各方面から激しい反発があり、一旦は導入が見送られたのです。

 しかし、財界からの強い要望があり、今年に入って、突然、産業競争力会議のテーマとした再浮上。成長戦略に盛り込まれることになりました

 この制度のポイントは、どの社員を残業代ゼロの対象とするのかという部分です。当初、産業競争力会議では、財界の意向を受け、対象社員を限定しない方針を打ち出していました。しかし、労働組合などがこれに強く反発し、厚生労働省も制限なしの案には難色を示す結果となりました。

 政府内でいろいろと調整が行われた結果、最終的には年収1000万円以上の社員に限定することになったようです。

 しかしながら財界はこの結果に納得していません。なぜなら、年収1000万円以上を対象とした場合、ほとんどの会社で人件費の抑制につながらないからです。

 年収1000万円以上をもらっている給与所得者は全体のわずか4%程度しかいません。一般社員で1000万円以上の年収がある人はマスコミや金融機関などごく限られた業種です。

 一般的な事業会社では、年収1000万円以上の人はほとんどが管理職となっているので、そもともと残業代がありません。これでは総人件費の抑制にはつながらないのです。

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根本的な原因は大企業の過剰な雇用の維持にある
 財界のホンネは準管理職の一般社員にこれを適用したいということのようです。最終的には全体の10%程度の社員をこの制度の対象にすることを考えています。

 安倍首相は今後、対象となる社員を1000万円以下にも拡大する可能性について含みを残す発言をしています。成長戦略はあくまでプランですから、一旦は年収1000万円以上として打ち出し、実際に制度化する段階で、対象を拡大することになる可能性も十分に考えられます。

 この制度が意図しているのは、ズバリ大企業の人件費削減です。日本では、中小企業では当たり前のように解雇が行われていますが、大企業の社員は完全に法律で保護されており、容易に解雇することができません。
 解雇ができないということになると、人件費を抑えるためには、デキる人もデキない人も、一律に給料を下げるしかなく、その方法が残業代のカットというわけです。

 しかし、こうしたひずみが存在していると、結果的により立場が弱い人たちにシワ寄せが行くことになります。残業代ゼロの対象が拡大されれば、中小企業などを中心に、サービス残業を強要される人たちが増えることは間違いなさそうです。

 日本は、本来であれば、先進国としてもっと多種多様な雇用が存在する国になっている必要があります。雇用に厚みがあれば、会社の業績が悪くなってリストラされても、また別の会社に就職することができますから、労働者はひとつの会社にしがみつく必要がなくなります。

 それぞれの労働者の適性や企業の状況に合わせて人が移動するので、社会には常に新しい刺激が存在し、それが次の成長を促します。企業は過剰に雇用を抱える必要がありませんから、一律に人件費を削減する必要もないわけです。

 しかし失われた20年の影響は大きく、日本の労働市場は非常に薄っぺらなままです。労働市場の整備が進まないまま、この制度の適用が拡大されていくことになると、サラリーマンの労働環境はさらに悪くなってしまうでしょう。

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