経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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日本で長時間労働がなくならい本当の理由

 電通の過労自殺事件をきっかけに日本人の働き方が議論の的となっています。こうした事件が起きなければ議論が深まらないというのは非常に残念なことですが、働き方について再検討が行われること自体は評価してよいでしょう。
 ただ、これまでの議論を見ていると、少々気になることがあります。多くの指摘が各論に終始しており、この問題のもっとも本質的な部分を避けているように見えるからです。

労働時間が長い最大の原因は低い生産性
 日本で長時間残業がなくならい原因としては、他人の目を気にする日本人の気質や、労働時間でしか評価できない上司の問題、あるいは集団主義的な社風など、様々な要因が指摘されています。確かにどの指摘も一理あるのですが、核心を突いているとは言えません。

 日本の職場で長時間残業がなくならない最大の原因は、日本企業があまり儲かっておらず、労働生産性が極めて低いことです。
 生産性が低い中で、一定の売上高や利益を確保しようとすれば長時間労働を選択せざるを得ません。この本質的な部分を改善できなければ、各種の対策も絵に描いた餅に終わってしまうでしょう。

 日本の生産性が先進国の中で突出して低いことは以前から指摘されています。労働経済白書によると日本の実質労働生産性は、主要先進国の中でもっとも低く、フランス、ドイツ、米国の生産性は日本の約1.5倍もありました。
 かつて日本は、製造業の生産性は高く、サービス業の生産性が低いと言われていましたが、今となってはこれも過去の話です。製造業の実質労働生産性についても、米国、ドイツ、フランスと比較すると2割から3割も低いのが現実です。

 ではなぜ日本の労働生産性が低いのでしょうか。労働生産性が何によってもたらされているのかという分析では、他の主要国は生産性の上昇分のうち多くが付加価値の増加によってもたらされていました。一方、日本における付加価値要因はマイナスです。要する日本企業はまったく儲かっておらず、このため生産性が低い状況に陥っているのです。

 これは企業の業績を見ても分かります。過去15年間における日本の企業(金融を除く全業種)全体の粗利益は10%しか増加していません。この間、売上高は横ばいで、日本企業はまったくといってよいほど成長することができませんでした。
 一方、日本企業は同じ期間で従業員数を増やしています。統計上の総労働時間は多少減っているので、労働投入量全体は多少減ったかもしれませんが、同じ売上高を維持するのに、より多くの人員で業務を回すという状況になっているのです。

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変化を受け入れなければ高い生産性は実現できない
 企業活動は最終的には豊かさの指標であるGDPの数値に反映されてきます。日本は過去20年、GDPがほとんど横ばいでしたが、諸外国はGDPを1.5倍から2倍に拡大させています。人口が増えていないのはどの先進国も同じですから、日本は相対的にどんどん貧しくなっているのです。これでは長時間労働をしなければ、同じ生活を維持することはできません。

 では日本企業はなぜ儲からないことをやっているのでしょうか。2015年の通商白書によると、日本企業の輸出に占める市場拡大品目の割合はドイツや米国に比べてかなり低いという結果が出ています。米国やドイツは輸出品目のうち75%が市場が拡大する品目で占められているのですが日本はわずか47%しかありません。

 つまり日本企業は、古い製品やサービスに固執しており、世界市場で伸びていない品目が輸出の半数を占めている状況なのです。これは製造業の話ですが、非製造業でも状況は似たようなものでしょう。つまり日本企業は変われていないのです。

 日本企業もこうした状況は分かっているはずですが、現実に変化に対応できていないということは、何らかの障害が存在していることになります。おそらくそれは雇用でしょう。

 企業が変化に対応し、ビジネスモデルを変えるには、どうしても労働力の移転を伴います。長時間残業の元凶のひとつともいわれる独特の労使間協定(いわゆる36協定)も、俯瞰的に見れば、終身雇用制度を守るために機能しており(不景気の時に解雇しなくても済むよう、好景気での長時間残業を可能にする役割を担っている)、これが企業の体質転換を遅らせている面は否定できません。
 
 容易に転職することができ、適材適所に人材が配置される社会にならなければ、企業が変化に対応することはできません。結局のところ、日本人の働き方の問題は、雇用流動化の問題と切り離すことはできないのです。

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