経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 政治

トランプ氏の発言に注目すべき理由

 米国の大統領選挙で、共和党のトランプ氏の放言が大きな話題になっていますが、今度はその矛先を日米安保条約に向けています。中身はというと、一般受けを狙ったポピュリスト的なもので、その後、トランプ氏は発言を撤回しています。
 しかし、トランプ氏の発言を侮ることはできません。彼の発言の背後には、米国における非エスタブリッシュメント層のホンネが色濃く反映されており、米国が置かれた経済的環境と深い関係があるからです。

日米安保批判がトランプ氏の口から出てきたという現実
 トランプ氏は、米国では知らない人がいないくらいの有名人で、不動産で財を成した大富豪です。全米にトランプの名前を冠したビルを建設しており、特にニューヨークのトランプタワーは多くのセレブが入居することでも知られています。

 性格は豪快で、美女が大好きと公言、マイノリティに対する差別発言もしばしばです。過去には「オバマ大統領はアフリカ生まれではないか」と発言したこともあります。

 当初、トランプ氏はその放言から見世物的な扱いでしたが、実際に選挙戦が始まると、共和党の候補者の中では支持率トップとなり、トランプ氏を無視できない状況となりました。

 日米安保に関する発言が出てきたのはアラバマ州における演説会です。報道によると、日本が攻撃を受けた場合は米国は日本を助けるが、その逆はないという、現在の日米安保条約の片務性について厳しく批判したそうです。

 日米安保条約は、日本ほどではありませんが、米国でもそれなりにデリケートな問題で、これまではワシントンの政治エリートの世界だけで処理されてきました。こうした問題が、大統領選に絡んで大衆扇動的なトランプ氏の口から出てきたことは注目に値します。

 わたしたち日本人は、米国の置かれた環境や日本との関係には、ほとんど変化がないという前提で物事を捉えがちです。これは、いわゆる日米同盟派と呼ばれる人たちにおいても、逆に反米的な人たちにおいても共通の現象といえるでしょう。
 しかし、トランプ氏からこのような発言が出てきたということは、米国と日本の共通プラットフォームに地殻変動が起きつつあることの兆候なのかもしれません。

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米国をとりまく経済的環境はここ20年で激変した
 最大の要因と考えられるのは米国をとりまく経済的な環境がここ20年で激変したことです。米国は以前から超大国でしたが、現在、その地位はさらに揺るぎないものとなっています。先進国の多くが、今後人口減少に悩まされる中、米国だけは数十年にわたって人口の増加が続き、持続的な経済成長が期待できます。

 またグーグルやアップルなど、革新的企業のほとんどが米国企業であり、テクノロジー面での優位性は圧倒的です。決定的なのは、シェールガス/シェールオイルの開発によって米国が世界最大の石油産出国に躍り出たことです。2014年における米国の石油生産量は1164万バレルで、とうとうサウジアラビアを抜き去りました。天然ガスなども含めると、米国は自国のエネルギーを完全に自給することが可能です。

 米国は世界でも突出した石油の消費国でしたが、その米国が最大の産油国になることの地政学的な意味は絶大です。理論的には、米国には中東政策が不要となりますし、インド洋から太平洋にかけての広い範囲で制海権を確保しておく必然性も低下しています。

 トランプ氏を支持している層が、こうした状況を明示的に理解しているのかは不明ですが、米国民の意識は確実に内側を向き始めています。
 ピューリサーチセンターが実施した世論調査でもその傾向は明らかで、過半数の米国人が「米国は自国のことだけを考えればよく、他国に介入すべきではない」と回答しています。ヒスパニック系の移民が急激な勢いで増加していることもこうした傾向に拍車をかけているかもしれません。

 オバマ大統領は、史上最大規模の軍縮を行っており、米軍予算を大幅に縮小しています。海兵隊が沖縄からグアムに撤退しているのもその流れの延長線上にあります。
 一連の動きは、オバマ政権のリベラル的な性質によるものと思われがちですが、それだけが原因ではありません。背後には、他国のことにあまり関心を持たなくなった米国民の心理が大きく影響している可能性があるのです。

 米国はもしかすると、新しい時代のモンロー主義になりつつあるのかもしれません。現実問題として、すぐに米国がアジア太平洋地域から手を引くという事態は考えにくいのですが、少なくとも、これまでとまったく同じ日米関係が続くとは考えない方がよいでしょう。経済的な環境の変化は、確実に外交に影響を与えるという現実を、わたしたちは意識しておく必要がありそうです。

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