経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. テクノロジー

誰が日本のベンチャーを殺すのか?

 ミドリムシ関連事業で一躍有名になったベンチャー企業「ユーグレナ」社長の出雲充氏が、日本のベンチャー支援環境について苦言を呈しています。出雲氏の指摘は、いろいろな意味で日本の企業社会の本質を突いており、非常に興味深いものとなっています。

起業家志望の若者を萎縮させない方がよい?
 出雲氏によれば、日本には制度的には豊富なベンチャー支援策が用意されているものの、起業する若者に精神的に圧迫感を与える風潮が強く、これが日本の起業を低調なものにしていると主張しています。

 例えば、起業アイデアコンテストの会場では、緊張してプレゼンする若者に対して、審査員を務める大企業のエライさんや、大学の先生などが「何年で収益ベースに乗せられるのか」「大企業が参入してきたらどうするのか」など次々厳しい質問を浴びせかけ、さらにはエクセルシートの数字が間違っているなど、些末な指摘まで行っており、若い起業家を萎縮させていると述べています。

 この話には両面があるでしょう。

 起業家たるもの、厳しい指摘や批判などにはまったく動じないくらいの図太い神経をしていなければ、生き馬の目を抜く激しい競争社会でやっていくことはできません。こんな程度のことで甘えるべきではないというのもひとつの考え方だと思います。

 一方、自身では起業などやったこともなく、年功序列で大企業のトップになった人物に、新しい価値を創造しようとしているベンチャー企業の評価などできるはずがないという考え方もあります。もしそうだとすると、このような審査のシステム自体、まったくナンセンスということになります。

 出雲氏は、「やってダメなら大学に戻ろう」という程度の緩い動機でもよいので、起業を志望する若者を萎縮させず、もっと優しく接した方がよいと主張しています。

 この考え方が正しいのかどうかは分かりませんが、間違いなく言えることは、今のところ、日本社会ではベンチャー・ビジネスというのが、理解も歓迎もされていないという現実です。

 ベンチャー・ビジネスとは、単なる中小零細企業のビジネスとは異なります。リスクも大きい代わりに、革新的な製品やサービスを開発し、もしうまくいった場合には、莫大な利益が得られるビジネスのことを指します。重要なのは、リスクも高い代わりに、極めて革新的であり、成功した時の利益が大きいという点です。

 ベンチャー企業が生み出すイノベーションは、従来のビジネスの枠組みからは決して出てこないものです。
 したがって、本質的にサラリーマン経営者が評価できるわけがありませんし、アイデアを出している起業家が、常識的で優等生的なビジネスプランを書く可能性も低いと考えるべきでしょう。そうであればこそ、ベンチャービジネスに投資する専門の投資家が存在しているわけです。

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変化を嫌う風潮がベンチャーを阻害する
 日本の場合、起業そのものも大変ですが、起業してからがもっと大変です。それは、ベンチャー企業の顧客となる大企業が変化を嫌い、いくら画期的でも、ベンチャー企業の製品を採用してくれないからです。このため日本のベンチャー企業は事業を継続することがとても難しいのです。

 ベンチャー企業が開発した革新的な製品やサービスは、大企業がそれを購入することではじめてビジネスとして成立します。
 諸外国でしたら、大企業の経営者も業績を上げるのに必死ですから(自身の首とボーナスがかかっている)、社内に反対意見があっても、そして採用の前例がなかったとしても「これはいける」と思ったベンチャー企業の製品やサービスを積極的に採用します。

 しかし、日本では、在任中に何事もなく時間が過ぎ、予定された退職金をしっかりもらうことが、大企業のサラリーマン経営者にとって最大の関心事です。このような環境で、リスクが高いベンチャー企業の製品やサービスを採用するはずがありません。

 結果として日本では、直接的な脅威とならず、大企業のカルチャーにマッチした下請け的なベンチャー企業ばかりが生き残ることになります。このような企業は、成功しても爆発的な利益をもたらしませんから、結果として革新的なベンチャー企業に投資しようという資金もなかなか集まりません。

 つまり日本においてベンチャー企業を殺しているのは、変化を嫌う、大企業中心の社会カルチャー全体であり、起業コンテストで大企業のエライさんが、若い起業家を萎縮させている光景というのは、その一部が顕在したものにすぎないのです。

 そのような中、独自の技術で上場までこぎ着けた出雲氏の手腕は高く評価すべきであり、そうであればこそ、出雲氏の発言には耳を傾ける価値があると考えてよいでしょう。

 ただ一点気になるのは、出雲氏の立派すぎる経歴です。出雲氏は、東大卒、東京三菱UFJ銀行出身という超エリートで、先ほどの大企業のエライさんが大好きな人物像です。

 出雲氏は、経済産業省「第1回日本ベンチャー大賞」において「内閣総理大臣賞」を受賞しています。他の起業家とは異なり、目もくらむような美しいプレゼンを行い、大企業のトップや大学教授からの意地悪な質問にも、立て板に水のように回答していたであろうことが容易に想像されます。

 出雲氏が大成功した理由のひとつがそこにあるのだとすると、仮に起業を目指す若者に多少優しく接したところで、出雲氏の後に続く起業家はそうそう簡単には現れないことになってしまいます。果たしてどうでしょうか?

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