東京オリンピック特需ということもあり、首都圏はオフィスビルの建設ラッシュとなっています。あちこちにクレーンが立ち並び、まるで高度成長期のようです。
建て替えの対象となっているのは古いビルだけではありません。築20年程度のビルまでもが次々に取り壊され、新しいビルに生まれ変わっています。こうした状況を好景気の象徴と見る人もいますが、実はこうしたビル建設が、日本経済の首をジワジワと締め上げている可能性もあるのです。
なぜビルばかりが作られるのか?
新しいオフィスビルがこれほどの勢いで建設されているのは、銀行の融資先不足と経済見通しの弱さが原因です。日本は量的緩和策の実施で、市中に大量のお金が余っていますが、企業は国内市場の将来に悲観的で、積極的に設備投資を行おうとはしません。このため銀行は融資先がなくて困っています。
投資をしたくない企業と、お金を貸したい銀行の双方の思惑が一致する数少ない案件が、都心のオフィスビル建設なのです。新築のビルを建てれば、周辺の古いビルからテナントを奪えますから、それなりの収益を確保できます。少なくとも工場や研究開発に新規投資するよりは、確実な案件と企業は考えているでしょう。
銀行にとってもそれは同じです。オフィスビルでしたら資産価値がそれなりに維持できますから、工場の設備投資よりも安心して融資ができます。こうした条件が重なり、築年の浅いビルまでも取り壊して、新築のビルを建てるという状況になっているわけです。
しかしながら、総合的に見て、こうした状況はあまりよい結果をもたらしません。ビル単体では利益が出るので問題ないように思えますが、経済全体となると話は変わってきます。
ビルを建設した時の支出はGDP(国内総生産)に計上されますから、短期的には景気を押し上げる効果があります。しかし、ビルの完成後は古いビルからテナントを奪い、そのビルの所有者の所得が減りますから、その後の経済成長にはあまり貢献しません。
問題はそれだけではありません。築年が浅いビルを取り壊した場合、新しいビルの減価償却に加え、以前のビルの減価償却も経済全体で負担する必要が出てきますが、この負担が労働者の首を絞めてしまうのです。
労働者の賃金が資本家に回っているわけではない
マクロ経済的に見ると、設備投資は将来のGDP(国内総生産)を生み出すための原資であり、経済成長の原動力といってよいものです。逆に言えば、この投資が効率よく収益を生み出しているのかどうかで、GDPの伸びは大きく変わってきます。
よく新聞などで労働分配率が下がっているので労働者の給料が上がらないという記述を目にします。労働者が受け取る報酬が下がっているのは事実ですが、たいていの場合は、そのお金は配当など資本家に回っていると解説されます。
ところが日本の資本分配率を見ると、こちらもあまり上昇していません。最近はコーポレート・ガバナンス改革によってかなり雰囲気は変わりましたが、日本は株主還元をほとんど行わない国として有名なくらいでした。利益の多くが資本家に提供されているわけではないのです。
では生み出したお金はどこに消えているのでしょうか。その答えの一つとなるのが減価償却(マクロ経済的には固定資本減耗)です。日本経済全体としてムダな資産が増えており、これがGDPの成長を抑制し、結果として賃金に回るお金が減った可能性があるのです。
企業会計に当てはめれば、売上高に対して資産が過大になっており、減価償却負担が利益を圧迫。従業員の給与が削減されている図式です。
やたらとビルを建設しても、それだけで日本経済が飛躍的に成長するとはとても思えません。過剰なビル建設は、将来の減価償却負担予備軍といってよいでしょう。日本経済がこのまま停滞を続けた場合、これらのビルの償却負担が、重くのしかかってくる可能性は否定できません。