トヨタ自動車が個人投資家向けに新しい種類株を発行します。値下がりリスクを抑える代わりに、売却や配当に制限があるという商品なのですが、なぜトヨタはこのような特殊な株式を発行するのでしょうか?
売却制限などがあるが、事実上の元本保証
トヨタは2015年4月28日、「AA型種類株式」という名称の新しい種類株を発行すると発表しました。種類株とは普通株式とは異なる権利を有する株式のことで、今回発行される種類株は、5年間は譲渡や換金ができず、配当に制限が加えられています。
しかし、5年を過ぎた時点で、普通株に転換するか、トヨタに買い取りを請求するのかを選択することができるので、トヨタが倒産しない限りは事実上の元本保証ということになります。
投資家にとっては、実質的に元本保証がついており、普通株よりも低いとはいえ配当が得られ、トヨタ株が値上がりしていた場合にはキャピタルゲインも得ることができます。
筆者は、もしトヨタが有望だと思うなら、配当も大きい普通株を買いますので、この商品は購入しないでしょう。しかし、リスクをなるだけ抑えたいという投資家も多いですから、この商品はかなりの人気になると想像されます。
トヨタでは、種類株発行の目的として、長期的な開発資金の確保などに言及していますが、おそらくそれは表面的な理由と考えられます。
なぜなら、同社では、今回の種類株発行と合わせて、ほぼ同数の自社株買いを予定しているからです。
新しく株式を発行して資金を調達しても、その分は、市場に還元してしまうわけですから、資金調達としてはほとんど意味がありません。むしろ、既存の普通株を種類株に入れ替えることが最終目標であると考えられるのです。
ではトヨタはなぜこのようなことをわざわざ実施するのでしょうか? そのヒントは、安倍政権が進めるコーポレートガバナンス改革にあります。
真の狙いは持ち合い解消の受け皿?
安倍政権では、外国人投資家の日本株買いを拡大させるため、これまで不透明といわれてきた日本企業のガバナンス改革に乗り出しています(ガバナンス改革を行う本当の理由は、株価上昇にあるという話もありますが、ここではその話題には触れません)。
東証はこの動きを受けて、上場基準の改定を進めており、日本企業に特有の現象であった、グループ企業間での株式持ち合いは、これまで以上に許容されなくなる可能性が高まっています。
しかし企業側にしてみれば、株式の持ち合いができなくなるといろいろと不都合があります。株式の持ち合いは、お互いの会社に対して議決権を行使しないという暗黙の了解があったわけですが、新しい株主はそうであるとは限りません。
いわゆるモノ言う株主かもしれませんし、株価が下がったらさっさと売ってしまう逃げ足の早い投資家かもしれないわけです。本来であれば、どんな株主がやってきても、堂々と対処できるようするのがスジですが、それまでには少し時間が必要です。
ここに、新しく種類株を発行する意味が出てきます。この株式を購入する投資家は基本的にリスクを嫌い、安い配当でもよいという安定志向の投資家です。トヨタの経営方針に対して激しくノーを突きつける可能性は限りなく低いと思われます。
グループ企業間での株式持ち合いを解消する代わりに、こうしたサイレントな株主を集めることができれば、これまでと同じようなやり方で経営を進めていくことが可能となります。株主構成の急激な変化による影響を最小限にしようという同社経営陣の知恵と考えると非常にスッキリします。
種類株を出すこと自体はまったく問題ありませんが、こうした条件の異なる株式をあまり発行し過ぎると、今度は既存株主が反発する可能性があります。
今回の規模であればほとんど影響はありませんが、長期的にこうした資本政策を継続していくということになると、全体的な資本政策のバランスがより重要となってくるでしょう。