「噂の真相」編集長の岡留安則氏が死去。実は徹底したビジネスマンだった

加谷珪一の情報リテラシー基礎講座 第34回

 雑誌「噂の真相」の編集長・発行人を務めていたジャーナリストの岡留安則氏が死去しました。死因は肺がんで、71歳でした。
 噂の真相は、猥雑なイメージのスキャンダル雑誌でしたが、政界や芸能界のタブーに深く切り込むなど、既存のジャーナリズムでは実現できない報道を行ったという側面があることは無視できません。
 スキャンダル報道というのは、下世話な覗き趣味と正当な知る権利の中間地点に存在しており、一種の必要悪ですが「噂の真相」ほど、こうした役割をうまく演じた雑誌はなかったといってよいでしょう。

 従来のメディアではタブーだった話題を次々と記事に

 岡留氏は法政大学に入学後、学生運動にのめり込みましたが、その後、学生運動からは距離を置くようになります。大学卒業後は業界紙の編集などを行っていましたが、1979年に「噂の真相」を創刊。従来のマスメディアではタブーとされた問題を次々と取り上げ、一躍、世間の注目を浴びることになりました。

 噂の真相という雑誌を特に有名にしたのは、やはりジャニー喜多川氏や検察庁にまつわるスキャンダル報道でしょう。同誌が報道するまで、こうしたテーマは、既存マスコミではタブーでしたから、日本社会に大きな風穴を開けたのは事実です。

 岡留氏が学生運動出身だったことや、同誌が「反権力スキャンダリズム」を掲げていたことから、イデオロギー色が強いというイメージを持っていた人が多かったと思います。しかし、冷静に同誌の立ち位置を分析すると、極めてビジネスライクだったことが分かります。

 同誌は記事をめぐって多くの裁判を抱えていましたが、記事で取り上げる内容に比して、それほど訴訟が多かったわけではありません。同誌は徹底してアングラ雑誌的なイメージを崩さなかったことから、記事で取り上げられた相手も、かえって訴訟などの対応をしない方が得策と判断するケースも多かったからです。

実は商業的に大成功していた

 同誌は岡留氏が立ち上げた出版社である株式会社噂の真相が発行していましたが、個人が立ち上げた弱小出版社でありながら、全国の書店に配本されるなど、ビジネス的にも異例の成功を収めていました。
 しかし、メジャーな雑誌になった後も、独特の表紙デザインやアラーキーこと荒木経惟氏による過激なエロ写真の連載など、アングラ雑誌的なイメージを崩しませんでした。

 結果的にこうした立ち位置が、逆にリスクを減らし、商業的な成功を持続させる秘訣となったようです。ページの両端には、マスコミ業界の噂が短文で記載されており、これを見るために雑誌を買っていたマスコミ関係者も多かったと思われます。

 岡留氏には、反権力の活動家というイメージがありましたし、同社は新宿のゴールデン街に近い場所にわざわざオフィスを構えていましたが、岡留氏自身は、都内の超高級住宅地に豪邸を建てるなど、成功したビジネスマンとしての顔も持ち合わせていました。

 雑誌の休刊後は、岡留氏は沖縄に移住し、基地問題などについて発言することもありましたが、2016年に脳梗塞と診断された後は治療に専念していました。

 スキャンダル報道に対しては、多くの人が眉をひそめますが、スキャンダル報道を声高に批判している人たちこそが、実はこうした下世話な情報を強く欲しているというのもまた事実です。
 そもそも下世話なスキャンダルに興味がない人は、スキャンダル誌がどのような報道をしているのかについてもまったく関心がありません。スキャンダル報道を批判している人こそが、スキャンダル誌の最良の顧客であることは経営学的に見れば常識的な話です。

 ここにビジネスチャンスを見いだした岡留氏は、やはり反権力の活動化ではなく、少々狡猾で優秀なビジネスマンだったと考えるのが自然でしょう。

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