加谷珪一の分かりやすい話

経済評論家 加谷珪一が分かりやすく「お金」、「経済」、「ビジネス」などについて解説します

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日本の伝統って?

 

 前回のコラムでは、東京で不動産取引が活況を呈しており、その中で、バブル経済に翻弄された結婚式場である目黒雅叙園に最終的な買い手が付いたことを取り上げました。今回は目黒雅叙園に関連したもうひとつの話題です。

神前結婚式は最近のスタイル?
 バブル時代に大きな話題となった目黒雅叙園ですが、ここは、いわゆる総合結婚式場のはしりとなった施設のひとつともいわれています(これについては諸説あります)。

 日本では、神前で結婚式を挙げ、披露宴を行うことは伝統的な行事と思っている人が多いのですが、こうした風習が定着したのは実は最近のことです。

 日本では自宅に関係者を呼んで結婚を祝う「祝言」と呼ばれる儀式が伝統的に存在していました。今風の言い方に直せば人前結婚ということになります。これに対して、神前結婚は、明治政府が国家神道を推進したことではじめて普及したスタイルといわれています。
 
 それでも戦前には神前で結婚式を挙げる人は2割程度しかおらず、多くが人前結婚でした。いわゆる典型的な神前結婚式は戦後の風潮なのです。

 最近、人前結婚を行うカップルも増えてきているといわれますが、少し長いスパンで考えれば、神前結婚ではなく、人前結婚の方が、むしろ日本の伝統ということになるのかもしれません。現在はチャペルで式を挙げる人が多いと思われますが、これもいつまで続くのかは何ともいえません。

 また、披露宴会場で宴会を行うというスタイルも、目黒雅叙園や明治記念館といった商業施設の登場によってもたらされたものですから、戦後になって本格的に普及してきたと考えてよいでしょう。

 人間の時間的な感覚は、今の自分が中心となりますから、子供の頃から存在するものは、伝統行事だと思ってしまいがちです。しかし、このあたりについては少し注意が必要なのです。

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伝統と思われているものが必ずしもそうとは限らない
 最近では、夫婦別姓問題などに関係して、諸外国の動きばかりに気を取られるのではなく、日本の伝統的価値観を重視すべきという意見が目立つようになっています。また男性が外で働いて、女性が専業主婦として家庭に入るというスタイルを再評価する動きもあるようです。

 どのような家庭がよいのかは、当人たちが決めることですので、周囲がそれをとやかく言うべきでことではありません。

 筆者は夫婦別姓論者というわけではなく、私の妻は結婚を期に筆者の姓に改名しています。ただ、結婚を期に妻が夫の姓を名乗ったり、女性が専業主婦として家庭に入るという価値観が、日本の古い伝統だという前提で話をすると、議論をミスリードする可能性があることには注意が必要だと考えます。

 そもそも日本には、キリスト教的価値観に基づく一夫一婦制は存在していませんでした。結婚はイエとイエの関係でしたので、妻は最後まで自分の実家との関係を引きずっていたわけです。

 筆者の生まれた家は、戦国時代から代々続く士族の家系なのですが、残された古文書などを見ると、結婚は個人と個人の関係ではないことがよくわかります。

 結婚した際に、妻がどちらの性を名乗るのかは、士族と平民では異なっていましたし、そもそも氏名の概念が今とはかなり異なっています。結婚したら相手の性を名乗り、名実ともに夫の家に入るという価値観は、むしろ近代化以降に強まってきた概念なのです。

 同じような現象は、ほかの分野でもたびたび観察されます。以前は、終身雇用や元請け下請けという企業系列は日本の伝統的価値観に基づいていると思われていました。しかし、これらの制度のほとんどは、戦争中の国家総動員体制の下で人為的に作られ、戦後にさらに強化されてきたというのがむしろ定説になっています。

 大正時代までの企業はもっとドライで、ゴリゴリの自由競争でした。いわゆる下請けの会社も、よりよい条件の発注先を求めて、次々と顧客を乗り換えていたのです。
 どちらのやり方がよいのかは、人それぞれですが、この制度は日本の伝統なのだからと深く考えずにものごとを判断するのは避けた方がよさそうです。

 伝統が関係していると思われる問題について議論する時には、その伝統がどの程度の期間、通用してきたものなのか、よく吟味した方がよいでしょう。伝統とは常に変わっていくものだからです。

 伝統は大事ですが、あまり伝統にとらわれすぎるのも考えものです。現在の社会情勢を基準に合理的に判断した方が、おそらく多くの人にとってメリットのある結論が得られるでしょう。

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